第六話 パチモノ聖女と雷鳥の噂
隣国フォアン帝国に向かう聖女の一行は、その道中で刺客に襲われた。
全身を黒い服で身を包み、覆面をした男たち。いかにも刺客という雰囲気の賊だったが、それだけに身元を確認することは難しかったらしい。
襲撃が失敗したと見るや否や、彼らは散り散りに逃げ出してしまい――誰一人として捕えることができなかった。
襲撃者に逃げられ、悔しそうな顔をした二人が戻ってくる。
一人は黒髪の美丈夫、クレーメンスさん。もう一人は黒髪の美少女、ヨハンナさんである。
二人は周囲を見回すと、他の護衛騎士たちの目がないことを確認してから互いの姿をなんとも言い難い目で見た。
道中のストレスを賊相手にぶつけたらしいヨハンナさんは、息を荒くしながらバサバサとスカートを叩いている。返り血が飛んでところどころ血のシミができているのは――見ない方が良いだろうか。ワインレッドのスカートなので目立たないんだけど、そのための色ではないよね?
「……まあいいです。目的はこれで果たせました」
ヨハンナさんから目を離したクレーメンスさんが、やれやれといった風に息を吐く。
「気配が遠ざかりましたので、しばらくはちょっかいをかけて来ないでしょう。よく鍛錬されている連中です」
「それならもう、これ脱いでいいですよね?」
ヨハンナさんはロングスカートの先を忌々しそうに見下ろして呟いた。
「こんな動きにくいの着てたせいで、せっかくの間合いだったのに一人も切り落とせなかったんですよ?久々の実戦でワクワクしてたのに」
ぶつぶつと不満げに呟くヨハンナさん。
「許可しない」
クレーメンスさんのツレない言葉に、ヨハンナさんは口を尖らせる。
「そりゃあ、隊長はいいですよ。黒髪にサングラスなだけじゃないですか。ちょっと怪しいですし、騎士には見えないですけど、賊にも見えないギリギリのラインです」
「それを言うなら、おまえの方こそ怪しくは見えないぞ。聖女殿もそう言っておられるだろう」
「ミスズさんの前だから、こんな格好したくないんですよ!分かりませんか!?」
金切り声で叫んだヨハンナさんに、わたしはなだめるように声をかけた。
「お、お疲れさまです。クレーメンスさん、ヨハンナさん。……その、もう外に出ても大丈夫ですか?」
聖女の乗った馬車は、底が二重構造になっている。本来は荷物などを詰め込むスペースなんだけど、そこに避難場所を作ってあったのだ。手品の消失トリックみたいなものである。身体を小さく丸めて、猫みたいに入りこまないといけないけど、この世界の一般身長よりも低めのわたしは、わりと苦労なく入りこむことに成功していた。
「できれば手を貸していただけると嬉しいのですが」
ただ、入ることはできるが出ることは難しい。体勢が無理やりなので、誰かに引っ張ってもらわないと外に出られない。急いで潜りこんだので、けっこう無茶な入り方をしてしまったし。先ほどは準備ができたので声をかけたのだが、わりと余裕のない声が出てしまった。
ようやくそれに気づいたらしいお二人が馬車の中を覗きこんでくる。
まず、クレーメンスさんがビリビリになった幌を取り除いた。その下からヨハンナさんが手を伸ばしてきてくれる。
「ミスズさん、こちらにどうぞ」
穏やかに微笑むヨハンナさん。その表情はまさしく美少女!……本人に言ったら嫌がりそうなので言わないけど、キラキラと光が舞うような微笑み方である。
ヨハンナさんの手を借りてなんとか這いずり出たわたしは、クレーメンスさんの狙い通りとはいえボロボロになってしまった馬車を悲しく見やった。
「賊は……どうなりました?」
「残念ながら、逃げられてしまいました」
そう言って、クレーメンスさんは首を横に振った。
「けれど、目論見はだいたい成功したと言えるでしょう。襲ってきたということは、自分たちの正体に気づいていない可能性が高いですから」
そう言って、クレーメンスさんは倒木を片づけに向かっていた護衛騎士たちが戻って来るのへ意識を向けた。
さて、種明かしをしよう。
クレーメンスさんというのは、本名ではない。黒髪のカツラとサングラスを身に着けた、とある騎士隊長様である。負傷したことによって護衛から離れることを問題視した某騎士様は、「負傷により駐屯地で療養する。代理はエルヴィンに任せる」という建前を使い、ご本人は変装をして護衛騎士に紛れこんだのだ。
聖女側の護衛は全員正体に気づいているが、特使側の護衛さんたちはまだ分かっていないようだ。護衛騎士の中で一人だけ、やけに聖女に馴れ馴れしい人物がいる、とその程度らしい。
さて、そうと分かれば予想できるように、ヨハンナさんの方も、とある人物の変装である。というか、ほぼ名前で分かってしまうと思うけど、ヨハンくんである。
金髪の美少年が、金髪の美少女に化けているのだ。本人は女装することをかなり嫌がったんだけど、聖女の馬車の中に乗りこみ、隣国での護衛を続けるのには、同性である必要があったので。侍女服を着ているのは、エルヴィンさんの妹、サリサさんのツテがあったかららしい。
これがまた、ほんっとに美少女姿なのである。ヨハンくんはもともと綺麗な顔立ちをしていたけど、わたしが思うよりも女顔だった。化粧はせず、口紅を塗っているだけだというのに、キラキラと神々しいまでに美しくなってしまった。
ゴルト騎士隊で今回の一行に加わっているのはこの二名のみ。他はリャンさんがフォアン帝国から連れてきた護衛と、聖女護衛として国王から指令を受けたメンバーらしい。
お二人が偽名を使っているのは、本名だと敵に正体がバレてしまうので、変装の意味がなくなってしまうからだった。特使まで騙しているのはどうかと思うけど――敵を騙すにはまだ味方から、とキッパリ言われてしまうと反論できない。
特使のリャンさんが気づいているかどうかは不明だ。
待機組が食事を終え、襲撃を退けた後。倒木を片づけに向かった一団が帰ってきた。これから彼らは遅めの夕食となる。
メニューは、例によって乾燥野菜粥である。移動食というと、やはりこれになるらしい。
襲撃者がいなくなったことで久々に馬車の外に出たわたしは、痛むお尻をさすりながら軽く身体をほぐすことにした。この世界の馬車って、タイヤにゴムが使われていない木の車輪なので……。ものすごく震動が響くのだ!
一緒に乗っていたはずのヨハンくんは平然としてるんだけど、どういう身体の作りしてるんだろう。
「非常にまずいことになりました」
物陰に隠れてラジオ体操をしていたわたしに、クレーメンスさん……改め、黒髪のクライフさんが声をかけてくる。
濃い色のサングラスは怪しいけど、彼は黒髪も似合うと思う。
「どうしたんですか?」
「倒木を片づけにいった者たちから報告があったのですが。……どうやら、落雷によるもののようです」
神妙な顔をして彼は言ったが、それは最初の時点でも聞いた話である。
落雷で大木が倒れるなんてことは、日本でも普通にあったし、さほど意外ではなんだけど。
「落雷が問題なんですか?」
「ミスズ殿は、雷がどうして落ちるのかご存じですか?」
「え?ええと……」
どうしてだっけ。静電気の巨大版だったような気がするけど。雲の中で起きた摩擦の放電とか。……違ったかな?
「雨が降った時とかに起きるんですよね?」
わたしが応えると、彼は複雑そうな顔で説明をくれた。
「雷というのは、雷鳥が舞い降りた時の現象のことです。光と音を伴い、熱によって焼きつくします。
雨の日に飛ぶので、雨が降った時に起きると言うのも間違いではないですが。通常は荒野を狩場としているため、アクアシュタット王国内に現れることはごくまれです」
「え、ライチョウですか?」
それは高山にいる鳥の名前ではなかっただろうか。
首をひねるわたしだが、クライフさんは『わたしに通じていない』ということは分かってくれたらしい。
「お見せするのが早いですが、視認できる位置に現れた場合、最後です。雷鳥は馬などの動物を食べる肉食の鳥で、獲物がいなければ人間を襲うこともあります。ただ、基本的に人里を狙うことはありません」
肉食と聞いて、わたしはごくりと息を呑んだ。
クライフさんの表情から考えて、けっこうヤバい相手のようだ。
なにしろここは異世界なので、本当に雷鳥っていう肉食の鳥がいるのかもしれないし、わたしたちの世界と同じ現象がこういう伝承で伝わっているのかもしれない。そこは判別がつかなかった。いずれにせよ、雷避けの方法なんて覚えていないので提案しようがなかった。避雷針とかないよね。
「どうするんですか?迂回とか……?」
「いえ、強行します。落雷跡があったということは、まだこのあたりを狙っている可能性が高いのが難点ですが、いずれにせよ荒野を抜けなければ隣国には着きません。雨が降ってくるようであれば逃げますが、それも叶わない時は馬を囮にします。
残り半日分ほど進んだところに比較的大きな村があるので、そこまでたどり着けば天気の変わり目を待てるでしょう」
「雨が……」
「ええ。今のところ曇り空ですから。当分降らないはずです」
やや頼りない返答をした後、クライフさんは、実に申し訳なさそうな声で今回の一番の問題点を口にした。
「そのため、……先ほどよりも馬車が揺れるのですが……」
くらくらくら、とわたしは眩暈がするのを感じた。あの速度でも相当痛かったのに、もっと揺れるとな!?
「あ、あの……」
クライフさんの言葉に、わたしはへらっと笑ってみせたが、上手く笑えているかは自信がなかった。
「だ、大丈夫です。早くなるってことは、終わるのも早いってことですしね!安全に目的地に着くことが第一ですから、お任せします」
あははー、と乾いた笑みを浮かべながら、わたしは馬車の中へと引き返した。
※ ※ ※
天気が怪しくなってきたのは、森の街道を走り続けて一時間ほどした時だった。
みるみるうちに空が暗くなり、馬車の上までそれが伝わってきた。
幌が破れてしまったので、わたしたちは幌なしのトラックの荷台に座っているような感じだった。曇り空なので日差しは強くないが、そうでなければ眩しくて困っただろうと思う。
「雨が降りそうですね……。宿場まで間に合うかな」
ロングスカート姿も堂に入った(というと怒られそうだけど)ヨハンくんが渋い表情を浮かべる。
美少年はこんな顔をしても美形だ。
彼が着ているのはサリサさんの侍女服なので、濃い目のワインレッドだ。美少女は何色を着ていても似合うけど、16歳という若々しい年齢を考えるともう少し明るい色でも良かった気がする。
「ヨハンくんも、雷鳥は嫌なの?」
「嫌ですね、あれは」
「遭ったことはある?」
「いえ、ないですよ。というよりも、実際に遭ったことある人は滅多にいないんじゃないですかね。ものすごい破壊力なので、間近に寄って無事だった人間はいませし。
ただ、騎士隊に入隊すると、新人研修の一環として雷鳥の巣跡までの野外演習というのがあるんです。それで巣を見たことはあります」
「……大きいの?」
「ええ」
ヨハンくんは神妙な顔をして続ける。
「巣の大きさは、ちょっとしたお屋敷くらいはありました。折れた大木を使って、地上に作るんですよ。形は、小枝で作った鳥の巣と似てますね」
ヨハンくんはそう言って、キッパリと断言した。
「大木を数本、一度になぎ倒すような化けモノ相手じゃ、騎士ふぜいにできることはありません」
ヨハンくんの言葉は謙遜ではなさそうだ。
「ヨハンくんなら、喜んで戦いそうなのに」
わたしの言葉に、彼の頬に朱色が走った。
「い、嫌だなあ。僕は別に戦い好きってわけじゃないですよ?まあ……嫌いじゃありませんけど。雷鳥相手は遠慮したいですね。向こうは飛ぶじゃないですか。地上戦だけなら受けて立つのも面白いんですけど……」
そう言うヨハンくんは、実はゴルト騎士隊の中では一番血気盛んらしいのだ。顔には似合わないんだけど、剣を振るうと性格が変わるタイプらしい。
今彼が着ているロングスカートは、先ほどの襲撃者を退けた時のまま。……つまり返り血を浴びて赤いシミがついていたりする。こういう姿、ファニーさんたちは知らないだろうなあ。
「ミスズさんは、……怖いですか?こういうの」
「え?」
「騎士の戦いですよ。女性は、血を見るのが苦手だったりすることが多いでしょう。
国王主催の模擬戦は女性客も多いので、極力血を流さないように剣技を魅せろと厳命されるらしいんですよね。僕は騎士になり立てなんで選手に選ばれたことはないんですが、実際に選手になった人の話を聞くと苦労するって聞くので」
ヨハンくんはそう言って、気遣わしげな表情を浮かべた。
「……」
うーん、とわたしは首をひねった。
生物学的なことを言えば、”血”を見ることに関しては男性より女性の方が強いはずだ。血の臭いに対する耐性も。
ただ、殴り合いとか、斬り合いとか、戦い自体を見るのが好きかどうかは人によるかもしれない。わたしはあまり好きじゃない。格闘技の試合にも興味がないし。
「確かに、特に好きってわけじゃないけど……」
考えてみれば、ゴルト騎士隊の面々は、日々の鍛練はしても実践はほとんどなかった。平和な駐屯地だったというのが大きいと思うけど、わたしが『聖女もどき』ということで遠ざけてくれていたのかもしれない。
聖女なんていうのは、いかにも争いごとを嫌がりそうな雰囲気の名称だ。
「でも、戦う人にそんなことを言うのは逆におかしいんじゃないかな。警察機構が無防備じゃ頼りないもの。騎士様と行動を共にするってことは、そういうものを見ることもあるってことだと、頭では分かっているつもりだよ」
実際に見たら、怖がるかもしれない。理屈を分かるのと、感情が受け入れるのは別物だから。だけど、それは、彼らを拒絶することであってはならない。彼は、誇りを持ってその行動をしているのだ。
「軍人さんは、コスプレして軍服着ているわけじゃないものね」
彼らは戦士なのだ。
雨が、降ってきた。
先頭を行く護衛騎士たちと特使の乗る馬車とが、速度を上げる。
わたしの乗る馬車も、いよいよスピードを上げていく。舌を噛みそうな速度に、しがみついているのが精一杯だった。お尻が痛いとか言っている余裕はない。
雨避けに、とヨハンくんが貸してくれたフードつきの上着も、正面からくる風によって無意味なものになっていた。バタバタと布が音を立てている。
――ピカッ!!
空が一瞬、白く輝いた。
曇天を真っ白に変えるほどの光。稲光だと気づくのと、轟音が響いたのは同時だった。
――ドオオオオオオオオオオオオオオオン!!!
耳がおかしくなる。鼓膜がやぶれたんじゃないかと思うような音だった。
雷鳴をこんなに近くで聞いたことなんて過去にない。
衝撃に吹き飛ばされそうで、必死に馬車にしがみついていたわたしは、雷がどこに落ちたのかは見届けることができなかった。
――ドシャアアアア……。
叩きつけるような雨が降ってくる。
横殴りに降る雨の中、馬車はますます速度を上げていく。一度でも横転したら最後だ。振り落されても二度と戻ってこれまい。
馬車はすでに森の間を通り抜けている。
荒野というほど荒れた草原ではないけれど、辺り一面草原になっている場所にたどり着いていた。
ひたすら急ぐ護衛騎士たちの馬と、馬車。こんな勢いで走らせていたら馬が悲鳴を上げるだろう。
「……あれです、ミスズさん」
ヨハンくんの声が聞こえ、わたしは馬車にしがみつきながらおそるおそる顔を上げた。
黒い雨雲が空を覆っているのだけど、中でも濃く分厚い雲が存在する。
その中を、時折光が走るのだ。
――ピカッ!ビカビカビカッ!ピシャアアアアン!
綺麗。あれが自分の上に落ちてくるかもしれないなんてことを考えなければ、その輝きは白く美しい。
恐ろしいほどのエネルギーを秘めた力だ。地球でも、神々の手によるものだとずっと信じられてきた現象。畏敬の念を抱いたところで、なんらおかしなことはないと思う。
そればかりか、わたしはその光に奇妙なものを覚えていた。
―― 『――水を、』
「え?」
黒い雲の中に光るそれが、まるで通信のようにわたしの脳裏に声を送ってくる。
――『雨を、水を。――助けて!!!!』
ひときわ白く輝く雷光が視界を覆う。轟く雷鳴は、悲鳴に聞こえた。
※ ※ ※
強行軍の末、わたしたちは宿場村にたどり着いた。
雷鳥は人里には現れないという言葉を信じ、天気が変わるまでの間ここで待つことになるらしい。
村で一番大きくて立派な宿が確保され、わたしたちは馬車を下りる。
悪天候の中走らせたことと、ほとんど休みなく無理をさせたことで、馬にも休養が必要だった。最低でも、丸一日はここで逗留することになるそうだ。
クライフさんは不本意そうにそのことを伝えに、わたしの宛がわれた部屋へとやってきた。
「え。まだスカート脱いじゃいけないんですか!?」
ヨハンくんが抗議の声を上げる。侍女設定になっているヨハンくんは、わたしの隣室があてがわれている。黒髪カツラを外さないクライフさんは当然だろうという顔で答えた。
「ここで変装を解いたら意味がないだろう。
それに、襲撃者だけに警戒していればよかった今までと違い、村では村人たちの目も気にしておく必要がある。本人が善良であろうとなかろうと、旅商人にでも情報が流れると厄介だからな」
「……女装なんて、引き受けなきゃよかった」
がっくりと肩を落としたヨハンくんに、クライフさんが慰めるように言う。
「着替えはしていい。血はさすがに落とした方がいいだろうからな」
「アタリマエですよ!」
少しも慰めにならなかったらしい。だが、その言葉でヨハンくんは顔を上げた。
「隊長、新しい車の調達はお願いできるんですか?なんなら僕が交渉してきますけど。座椅子に、ミスズさんのためのクッションを特注してもらわないといけないですし」
「……そうだな、そちらはお願いしよう」
「で!その交渉のために外に出るのに、ミスズさんをお誘いしてもいいですよね?」
「……なに?」
「ミスズさんだってずっと部屋の中じゃ疲れます。丸一日はここに待機なんですから、今日はオフ!デートしてきてもいいでしょう?」
「……」
ヨハンくんの言葉に、クライフさんは苦虫を噛み潰したような表情を一瞬だけ浮かべた。
「……ミスズ殿の気分転換のためならば、許可する。ただし、外出に伴ってはもう一人護衛をつけろ」
「ええええっ?なんでです?二人っきりじゃなきゃデートじゃないですよー。僕だって剣の腕はそれなりですし、ミスズさん一人なら守れますよ?」
「先の襲撃者たちは全員逃亡している。それが、この村に先回りしていないという保証はない」
「あ」
浮かれていたヨハンくんの声は、それを聞いて沈んだ。
「あー……。そっか、そうですよねえ。……ちぇ」
残念そうに彼は呟くと、それなら、と笑った。
「なら、隊長も行きましょうよ。ミスズさんとデート!三人ってのはちょっと残念ですけどね」
軽い誘いの言葉に、クライフさんの口元がわずかに引き締められる。
「ヨハンくん、クライフさんは忙しいんだから、無理言わないで……。わたしなら、部屋で待機でも全然大丈夫だから。大人しく待ってるよ」
「そんなぁ」
「それに、実は長距離馬車でけっこうキてて。……できれば休ませてくれると、嬉しいな」
わたしのお願いに、ヨハンくんは口を尖らせたまま了解してくれた。
「ミスズさんがそう言うなら。……次はそんなことにならないように、新しい車はたっぷりクッション入れてもらいますね。任せといてください!」
明るい笑顔でにっこりと笑うヨハンくん。こういうところが、彼がランキング上位常連の理由じゃないかと思う。
デートなんて言われても躊躇いが浮かばないくらい、明るいのだ。戸惑うというよりも楽しそう、いいなって気にさせられてしまう。
「ありがとう。お願いします」
ぺこりと頭を下げたわたしは、それから、「あっ」と言葉を付け加えた。
「……そう言えばお二人にお尋ねしたいんですが。ここに来るまでの間に、声を聴きませんでした?」
わたしの問いに、二人は顔を見合わせた。