Sweet Pain
中学最後の夏休み。
8月半ば、馬鹿みたいに蒸し暑い夜のこと。
最寄り駅のホームから、薄暗い線路をただただ見つめていた。
馬鹿みたいにずっと見つめていた。
ワイドショーのネタにするにはささやかすぎて、
ドラマのシナリオにするにはありきたりで、
15歳の私にとっては重すぎる、やり場のない痛みを抱いて。
この線路に横たわってさえいれば、全てを終わらせることが出来る…だなんて、馬鹿みたいに考え続けていた。
*
昼過ぎ、気だるさを感じながら目を開けて、昨晩エアコンを消さずに眠ったことを後悔する。
机に向かい、訳の解らない数式や、面白くもない文章なんかが書き連ねられている憂鬱なテキストを開いてみたりもしたけれど、結局何も出来ずじまい。
高校入試、志望校、受験勉強…。
そんな言葉を思い浮かべて必死にテキストと睨めっこしてみても、目に映った文字の羅列は意味を持つことなどないままに、私の頭の中を通り抜けてしまった。
ふと、机の脇に落ちている紙切れが目に止まる。
夏休みに入って以来、結局私以外の誰も見ることのなかったその紙切れを使って、紙飛行機を作ってみた。
“通知表”と書かれたその紙飛行機は、あまり遠くまで飛ばないまま、静かに床へと落ちた。
両親が離婚したのは去年の秋。
最初の頃は母と二人、慎ましい生活を送っていた。
けれど、やがて母に恋人が出来て、母は夜遅くまで帰ってこなくなった。
そして、朝になっても帰ってこない日がだんだん増えていった。
「私は幸せになっちゃいけないの?」
「アンタなんか生まなきゃよかった。」
生まれて15年、今更そんなことを言う母に「生んでくれなんて頼んでないよ」と精一杯の憎まれ口を叩いてみたら、「じゃあ死ねば」と言われて途方に暮れた。
そんな私のことなんてお構いなしに、去年と変わらぬ終業式の日がやってきた。
「中学最後の夏休みだもんね。私、彼氏とネズミーランド行ってくるんだ!」
「彼氏持ちはいいよね。ウチは精々、家族で旅行行くくらいかなー。」
「私はこのままじゃ志望校危ういし、日帰りで海行くくらいかな…。ね、アンタは?」
友人達の問いかけを、曖昧に笑ってやり過ごす。
余裕なんてどこにもありはしなかった。
私には、同い年の友人達と同じように生きていく余裕なんてどこにもありはしなかった。
夏休みに入って間もなくのこと。久しぶりに弟と2人きりで話をした。
5歳年下の甘ったれの弟。
何かあるとすぐに怒鳴って暴れるアル中の父と2人きりで暮らしている、可愛い弟。
まだ10歳になったばかりの弟は、「死にたい」と言って泣いていた。
もっと強くなりたいと思った。
弟を守ってやれるくらいに。
弟が泣いているのは悲しかった。
けれど、私に出来ることなんて何にもなかった。
私も、死にたいと思っていた。
私に出来たのは、喉まで出かけたその言葉を飲み込んで、なけなしの小遣いを半分分けてやることくらいだった。
勉強して、進学して、就職したら、きっと私も弟も幸せになれる。
そう信じて、受験勉強を続けることにした。
*
――ああそうだ。
私はずっと、
幸せになりたかったんだ……。
………
中学最後の夏休み。
8月半ば、馬鹿みたいに蒸し暑い夜のこと。
最寄り駅のホームから、薄暗い線路をただただ見つめていた。
馬鹿みたいにずっと見つめていた。
そんな私も、今日、20歳の誕生日を迎えた。
長袖のTシャツの下、白い左腕に沢山の傷跡を隠している、そんな弟から
「おめでとう」
とメールが届く。
結局、あの線路に横たわるだけの勇気はなくて、
いつか幸せに慣れたら…なんて馬鹿みたいに祈ってる。
15歳の私には重すぎた、やり場のないあの痛みは今もまだ私の中にある。
けれど、
今なら抱えきれないこともない。
ワイドショーのネタにするにはささやかすぎて、
ドラマのシナリオにするにはありきたりな、小さな甘い痛みを抱えて…。
私は今日も、生きている。
――明日はきっと、
晴れるといいな。
《E N D》




