かいぶつのおはなしⅠ
昔々、ある街外れの森に、一匹の大きな怪物が住んでいました。
一人きりの怪物は、毎日退屈で退屈で仕方がありません。
怪物は森を抜け出して、
街へと続く道をずんずん歩いていきました。
今まで『ニンゲン』というものを見たことがない怪物は、街で『ニンゲン』を見るのがとても楽しみなようです。
しばらく行くと、街の方から一人の青年が歩いてきました。
「うわあ、怪物だ!恐ろしい怪物が出たぞ。殺されてしまう!」
青年は怪物を見るなり、元来た方へと走り去ってしまいました。
怪物はとても不気味で醜く、この世のものとは思えない恐ろしい姿をしているのです。
「あらら、逃げられちゃった。失敗、失敗。
それにしても、あれが『ニンゲン』か。
…うーん、こんな感じかな?」
そう言うと怪物は見る見るうちに『ニンゲン』の姿に化けました。
これでもう、怪物だとはわかりません。
『ニンゲン』に化けた怪物は、とうとう街のすぐ側までやってきました。
そこには、赤いワンピースを着た、一人の少女が立っています。
「ここで何をしているの?」
怪物の問いかけに、少女は静かに答えます。
「いつもここに一人でいるの。
わたしにはお友達がいないから。」
それを聞いた怪物は、目を丸くして言いました。
「友達がいないって?
ここは街だろう?街ってのは、『ニンゲン』がたくさんいるもんじゃないのかい?」
「人ならたくさんいるわ。
でもわたしのお友達になってくれる人は誰一人いないのよ。」
少女はうつむいてしまいました。
「ふーん、『ニンゲン』ってのはおかしな生き物だね。
おんなじ『ニンゲン』同士なのに。
まあいいや。それじゃあ僕と友達になるってのはどうだい?」
怪物はにぃっと笑い、少女はにっこりと笑いました。
怪物と少女は、友達になりました。
友達になって、たくさんのことを話しました。
「ねえ、見て!
このお花、とっても綺麗!」
「ああ、君の服とおんなじ色だね。」
「わたしね、赤い色って大好きだわ。
それに、お花も好きなのよ。」
「ふうん。こんなちっぽけな花なんて、今まで目にも留まらなかったけれど。
確かに綺麗な赤い色だね。僕もこの色、好きになったよ。」
「うふふ。わたし、こんなに楽しい気持ちになったのは初めてよ。」
二人で居ると、一人では気が付かなかったことや、感じることの出来なかった気持ちを見つけることが出来ました。
それは、二人にとって、生まれて初めての、とても素晴らしい体験でした。
怪物と少女が友達になって、何ヶ月かが過ぎました。
草むらでかくれんぼ、丘の上でピクニック。
暑い日には海で泳いだり、雪の日には雪合戦もしました。
怪物と少女は、毎日二人で遊びました。
ある日、怪物は少女に言いました。
「ねぇ、もし僕が恐ろしい怪物だったらどうする?」
「どんなに恐ろしい姿になっても、あなたはわたしの大切な友達よ。」
そう言って笑う少女。
そんな少女に、怪物はもう一度問いかけます。
「ほんとうに?」
「ええ。本当に本当よ。」
少女の変わらぬ答えを聞いて、怪物はいつかのようににぃっと笑いました。
「今の言葉、もし嘘だったら…
キミのこと、殺しちゃうからね。」
その途端、怪物は元のとおりの恐ろしい姿に戻ったのです。
まさか大切な友達が本当に怪物だとは思いもしなかった少女は、恐怖におののきました。
ついさっき怪物に言われたことなどすっかり忘れて、悲鳴を上げて逃げ出しました。
「きゃあ!怪物よ。
恐ろしい怪物が出たわ!誰か助け――」
ぐちゃ
べきょべきょ ばりん
怪物は少女を踏み潰してしまいました。
少女はぺちゃんこに潰れて、動かなくなりました。
人に化けた恐ろしい怪物が少女を殺したという噂は、すぐに街中に広がりました。
怪物を恐れた街の人々は、知らない人を見るたびに『ひょっとして怪物なのではないか』と疑うようになったのです。
そして、少しでも怪しいと思えば、護身用という名目で正当化された、人殺しの為の道具を突きつけて、躊躇いもなくその引き金を引きました。
「この怪物め!」
「さては、お前が本物の怪物だな?死ねえ!!」
街中が血だらけです。
みんなみんな血だらけです。
その様子を見て、怪物は満足そうに言いました。
「もう何ヶ月も『ニンゲンごっこ』をしたけれど、
かくれんぼよりもピクニックよりも、海へ行ったり雪遊びをするよりも、この方がずっと愉しいよ。
人間って、とっても馬鹿なのに、
血の色だけはとっても綺麗なんだもの。
僕の大好きな『赤』なんだもの…。」
《E N D》