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老いた狼と七匹の子山羊

昔々あるところに、老いた狼と七匹の子山羊が住んでいました。


母親に捨て置かれた哀れな子山羊を、狼が世話しているのです。



何故狼が山羊の子などと暮らすのでしょう?


それは子山羊たちの生まれた朝のこと。


散歩をしようと家を出た狼は、ちょうど七つ子を産み落としたばかりの母山羊と鉢合わせしたのです。



狼に怯えた母山羊は一人慌てて走り去り、

残されたのは生まれたばかりの子山羊たちと狼だけでした。



「ねえ、母さん、どうかしたの?」


「母さん、母さん。」


生まれたばかりの子山羊たちはまだ目が見えません。


子山羊たちは知らないのです。

母山羊が自分達を置いて逃げていったことも、目の前にいるのが怖い狼だということも。



「私がもっと若かったなら、お前たちなどガブリと一飲みだったのだけど。」


この狼は老いていたため食が細く、山羊を食べる気など毛頭無かったのですが、もちろん世話をしてやる義理もありません。




「このままここに置いて行こう。

ひょっとしたらあの母山羊が戻って来るかも知れないし、来なけりゃ他の狼たちのおいしいご飯になるのだから。」



狼はそのまま散歩を続けることにしました。


母親が迎えに来るのか、はたまた他の狼の餌食になるのか。


どちらにせよ散歩が終わる頃にはこの問題はすっかり片付いているものと思っていたのです。



ところが散歩を終えて家への一本道を歩いていると、あの子山羊たちの声が聞こえてきました。



「うわーん、母さんは何処?ぼくらの母さんは何処へ行ってしまったの?」


「母さん、母さん。返事をしてよ。」


子山羊たちは大声で泣きながら、口々に母親を呼んでいます。



「ああ、煩くて敵わない。

家の前でいつまでも、こんなに大きな声で泣かれたら鬱陶しくて堪らないよ。」


いっそのこと噛み殺してしまおうかと思ったとき、ある子山羊が言いました。



「泣いては駄目だよ、狼に見つかったらぼくらなんて一飲みだ。

でも大丈夫、お母さんはきっと迎えに来てくれるから。

それまでいい子で待っていよう。」



母親に捨て置かれ、狼に食べられてしまうかも知れないと怯えて泣き続けながら、それでも母親を信じて待ち続ける子山羊たち。


狼はなんだか子山羊たちが可愛そうに思えてきました。



「私がこんなに長く生きられたのも、今まで幾度となく山羊を食べてきたが故。

この子たちの遠い遠い親戚の、沢山の山羊を殺して腹を満たしてきた、そのお陰なのだから。

老い先短いこの命、哀れなこの子山羊たちを守ってやるのも悪くない。」


こうして、狼の恩返しとも贖罪ともつかない奇妙な生活が始まったのです。










「ねえねえ、母さん。遊ぼうよ。」


子山羊たちは無邪気に笑って、母親に呼びかけます。



「はいはい、わかりましたよ。さあ、みんな。こっちへいらっしゃい。」



子山羊たちは日に日に大きくなっていきましたが、未だにみんな、目が見えません。


きっと、生まれてすぐに置き去りにされてしまったせいでしょう。


子山羊たちは未だに、目の前に居る母親が狼であることを知らないのです。



「お母さんはどんな顔をしているの?

ぼく、お母さんの顔が見たいなぁ。」


子山羊たちは事あるごとにこう言って、母狼を困らせます。



もちろん狼だって、愛しい子山羊たちの目が見えるようになったら、どんなに嬉しいことでしょう。


けれども狼は狼なのです。



(もしもその目が見えるようになったらば、お前たちはきっと逃げ出すことだろう。

いつかお前たちを置いていった、あの母山羊のように…。)


狼は、なんとも言えない、切ない気持ちになるのです。



そんな母狼にも、自分が狼で良かったと思うときがあります。


それは、他の狼に出くわしたときです。



「おやおや、うまそうな子山羊が七匹も居るぞ。」


そう言って近付いて来た若い狼たちを、今までに何匹追い払ったか知れません。



年老いた母狼には随分大変な仕事でしたが、それでも


「母さんすごいね。」

「ぼくらの母さんは狼より強いんだ!」


と言ってはしゃぐ子山羊たちを見ていると、体の痛みも忘れてしまうのでした。



狼は、子山羊たちのことが本当に大好きだったのです。










ある日のこと、狼は子山羊たちを連れて散歩に行きました。


しばらく行くと、少し先に山羊の群れが見えました。



「折角仲間に出会えた子山羊たちを思い切り遊ばせてやりたいけれど、狼である私が近付けば山羊たちは驚いて逃げていってしまうだろう…。」


そう考えた狼は、子山羊たちには


「母さんは少し疲れたからここで待っているよ。」


と言って、自分は木陰に身を隠すことにしたのです。



子山羊たちは元気いっぱい。

楽しそうにじゃれあっています。


母狼は、そんな子供たちを眺めて、嬉しそうに目を細めていました。



すると、一匹の山羊が、子山羊たちに駆け寄り、言いました。


「まあ!生きていたのね、私の可愛い坊やたち。

あのまま狼に食べられてしまったとばかり思っていたわ。

さぞ恐ろしい思いをしたのでしょうね。

でももう大丈夫よ。さあ、こっちにいらっしゃい。」



「あのときの母山羊か・・・。」


木陰から様子を伺っていた狼はしばらくの間、母山羊と子山羊たちを見つめていましたが、やがて、ふうっ、とひとつ溜め息を吐くと山羊の群れに背を向けました。




そのとき。




「ガルルルルル!」


若い狼の群れが山羊たちに向かって飛びかかったのです!



「きゃあ!狼よ!狼が出たわ!!」


「逃げろ、逃げろー!」


慌てふためく山羊たちに、若い狼の群れは容赦なく襲いかかっていきます。


混乱の中、目が見えず動きの遅い子山羊たちは、若い狼たちの格好の獲物です。



「母さん助けて!」


子山羊たちの悲鳴を聞くが早いが、母狼はあっという間に若い狼たちの前に立ちはだかっていました。



一匹、二匹・・・。


この年老いた狼の、いったい何処にこんな力があったのでしょう。


母狼は次々と若い狼たちを蹴散らしていきました。


「くそっ、何だってんだ。老いぼれのくせに!」


そう捨て台詞を吐いて、ついに最後の一匹が逃げていった頃には、母狼の身体はすっかりボロボロになっていました。



「母さん、母さん!」


母狼に駆け寄ろうとする子山羊たちを、周りの山羊たちが慌てて止めにかかりました。


「落ち着きなさい。

お前たちは目が見えないようだが、そいつは母さんじゃない。狼だ!」


「下劣な狼のことだ。目の見えないお前たちを騙して、太らせてから食べる算段だったに違いない!」



母山羊もまた、必死で子山羊たちに呼びかけています。


「そうよ、私の可愛い坊やたち。母さんならここにいるわ。

この狼はボロボロで、もう動けない。

今のうちに逃げましょう。」



「でも・・・」


困惑した子山羊たちは、おずおずと母狼に話しかけました。


「母さんは狼だったの?

母さんは僕らを騙していたの?」


「何言ってるんだ。

母さんは狼だけれど、僕らを食べたりなんてしないさ。そうだよね、母さん。」


「ねえ、母さん。何か言ってよ、僕らの母さん…。」


けれども狼は何も言いません。

それで良いと思ったからです。


山羊たちの群れは誰からともなく歩き出し、やがては子山羊たちも、母山羊の後を歩き始めました。


躊躇い、何度も母狼の方を振り返りながら。


でも、一歩ずつ、確実に。



おそらくこれが、最も正しい、彼らの歩むべき道なのです。





残されたのは、年老いた瀕死の狼だけでした。


こうして、狼は死んで、七匹の子山羊たちは母山羊と共に幸せに暮らしました。










《E N D》

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