ロケット花火合戦
ロケット花火を一本手に取り、短い導火線に火をつける。
一秒、二秒。
大きく振りかぶって、頭上に向かって思い切り投げる。
くるくると回転しながら舞い上がった花火は、本体に点火された瞬間、シュッという音を残して夜空を駆ける。その姿はまるで流れ星だ。
次の一本は、親指と人差し指に引っ掛けるように持つ。できる限り力を抜くのがポイントだ。
導火線に着火し、恐怖を押し殺して数秒待つ。うまくいけば、自分の手から、狙った場所へ向けてロケット花火を発射できる。
ただし、この時に少しでも指に力が入っていたり、手に汗をかいていたりすると、花火は飛び出さずに自分の手を焼くことになる。とはいえ少し熱い程度で深刻な火傷を負うようなことはないので、過度に恐れる必要はない。
そうして数分、思い思いに花火を楽しんだ後、メインイベントに移る。そう、ここまではただのウォーミングアップだ。
蒸し暑い夏の夜だというのに、長そで長ズボンを着た十人ほどの少年たちが、二チームに分かれて、約十メートルの距離をおいて対峙する。そして相手チームに向けてロケット花火をできるだけ水平に近くなるように並べてセットする。ちなみにこの時は、手で花火を持つことはしない。戦いが始まると、手元を見ている余裕がなくなるからだ。
準備が整ったら、お互いに声をかけながら、花火に火をつける。
途端、「うおっ!」「やばっ!」などと声が上がり、皆が必死で飛んでくる花火を避ける。が、ただ避けるだけではいけない。できるだけ体の近くで、さらにカッコよく避けなければならない。具体的には、地面に伏せたり、しゃがんで頭を抱える等の姿勢は「カッコ悪い」ということになる。
ロケット花火が十メートルの空間を進む一瞬の間に軌道を見極め、ギリギリを通過していくように体を動かす。
この遊びは相手に花火をぶつけることが目的ではなく、飛んでくるロケット花火に向かい合い、恐怖心を乗り越え、動体視力や反射神経をフルに使って自分の肉体の限界に挑むものなのである。
「あいたっ!」
そんな状況なので、ちらほらと避けそこなう者も出る。しかし心配はいらない。シャツやズボンの上から当たっても、大きなケガはしない。せいぜいアザが出来るくらいだ。このためにわざわざ長そで長ズボンで、汗だくになって駆け回っているのだ。
やがて花火も残り少なくなってきて、そろそろ終了かという頃、一人が新しい花火を取り出した。
「じゃーん、秘密兵器! 超強力ロケット花火、五本で三百円やぞ!」
「おお……」
全員がどよめく。
普通のロケット花火は十本入って二百円なので、六倍の値段ということになる。一回り大きな花火だった。
「よっしゃ、やってみよ!」
相手チームから声が上がり、さっそくその強力花火をセットした。
「行くでえ!」
「よし!」
導火線に火がつけられ、短くなっていくのを息を飲んで見つめる。
次の瞬間。
ヒイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィン!
という音と青白い煙を吐き出して直進した花火は七、八メートル進んだ所でなぜか軌道を変えて、まるで本物のロケットのように垂直に駆けあがった後、はるか上空で破裂した。
その間、全員指一本動かすことができず、呆然と花火を見送った。
こんな物が当たったら、シャツもズボンも身を守る役には立ちそうもない。
「こ、これは……ちょっと危ないんちゃうかな?」
「そ、そやな……」
みんなで、心無しか青い顔を見合わせる。
意気消沈したまま、その日は解散となった。自転車を漕ぎながら、誰もが同じ思いを抱いていた。
(こ、怖かった……)
彼らがこの強力花火を使うことは、二度となかった。