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Phantasma  作者: triptych
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プロローグ

 ずっと昔に書きかけた作品です。暇つぶしに投稿。需要があるなら続きを書いてみようかと思っています。

 序章      Prologue



 冒険屋、と呼ばれる者達がいる。大陸中に根を張る民生組織『ギルド』に所属する者達の一般的な呼び名だ。

 彼らはギルドに寄せられた依頼をこなす事で金を稼ぎ、ギルドに集められた情報を頼り、世界を巡る。彼らの目的は様々だ。遺跡から旧世界の遺物を発掘し一攫千金を狙う者、未知を求めさまよう者、夢を追い求める者、そして常人には理解不能な感性から旅をする者――。

 大陸の西端、グランス地方。その大森林地帯を歩く女性もそういった冒険屋の一人だった。背中には大きなバックパックを、腰には一振りの黒い剣をたずさえ、彼女は森の中を突き進んでいた。

 樹齢千年を超える大樹が所狭しと生え揃う森の中は昼間であろうと枝葉に日の光を遮られて薄暗く、地上に出た木の根は人の足をたやすく阻む。だが自身の身長の二倍はあろうかという木の根を一足で飛び越えながら森を進む彼女の足に迷いは無い。

 やがて彼女の目の前に現れたのは崩壊した遺跡だった。コンクリートという建材で作られたその建築物はいまや粉々に崩れ落ち、土の中にその身を半分沈めていた。

 それを見た女性はバッグから地図とメモを取り出すと、それを確認して満足げに頷く。

「うん、ここまでは情報通り。後はここから九時の方角に進めばいいのね」

 メモに書かれているのはギルドで手に入れた新しい遺跡の情報だ。

 この樹海の中で発見されたという旧世界の遺跡。そしてそこから持ち帰られた遺物の情報を知った彼女はその遺跡を調査するべくこのグランス大森林へと踏み込んだ。

 彼女の目的は旧世界の技術を知り、必要とあればそれを抹消すること。

 彼女は過去に幾度もこうして遺跡を訪れ、そこに残された技術を取得し、危険と判断した技術については遺跡ごと闇へと葬ってきた。

 今回彼女が入手した情報によると、この大森林の中で木々に破壊されることなく、未だかつての外観を保った遺跡が見つかったという。それだけの強度を持った施設となると何らかの重要施設であった可能性が高い。経験上そのことを知っている彼女はギルドの情報を頼りにこの大森林へと踏み込んだ。

 めぼしい遺物は既に持ち去られているだろうが、そちらは解析できるだけの技術が現在いまはない。彼女からすれば放っておいてもよい代物しろものだ。

 それよりも彼女にとって重要なのは、まだ遺跡に残されている個人では持ち出せない設備だ。もしそれらが危険な技術を後世に伝えるものであるならば、人間の手に渡る前に破壊しなくてはならない。

 だが木々の根から根へ飛び跳ねる彼女の顔には笑みが張り付いている。彼女はこうして旧世界の名残に触れるのが好きだった。

 旧世界。今となっては彼女しか知る者がいない世界。そのいかんともしがたい寂寥感を遺跡と遺物は一時の間とはいえ埋めてくれる。


「九時の方角は……あっちか」


 バッグから方位磁針を取り出し、方角を確認する。情報通りなら、ここから真っ直ぐ一直線に行けば目的の遺跡に着けるはずだった。

 道具をバッグに仕舞い直すと、彼女は森を駆け始める。

 木の根から次の木の根に飛び跳ねる彼女は、この縮尺の狂ったような巨大な木々の中ではまるでノミの様に小さかった。最初に遺跡を発見した人物は一体何を考えてこのような森へ踏み込んだのだろうか、などと彼女は考えたが、それについては思考を放棄した。大陸の五割はこのような森林に覆われているし、そもそもこのような森林を作ったのは彼女なのだ。自分に自分で文句をつけていてもしょうがない。

 走り出して一時間も経っただろうか。彼女は木の根から飛び下り足を止めた。彼女の目の前には、木々に圧迫されその身に亀裂を入れながらも二千年以上の時を耐えてきた円筒状の遺跡があった。

 白かったであろう外壁は茶色の染みが浮かび、窓には割れたガラスの破片がくっついている。外から見る限り階層は三階。ただし妙に木の根が地上を這っている所を見る限り地下層もある可能性も有った。


「ま、それは入ってみてからのお楽しみ、かな」


 そう一人呟くと、彼女は遺跡へと足を踏み入れた。




 遺跡の三階、天井の崩落した部屋で彼女は遺跡の上を這う枝を眺めてため息をついた。


「ここまで全滅、と。ここまで何もないと返って清々しいわねー」


 この部屋に来るまで、彼女はメモにマップを書き込みながら一部屋一部屋丹念に調べつつ上がってきた。その結果得られた成果はゼロ。大型の機械のたぐいは全く見当たらなかった。持ち帰られた遺物の中に小型の情報端末も有ったらしいが、そちらも野ざらしの状態では無事なわけがない。ここが何の施設だったのか、これでは分からずじまいだ。


「およ?」


 ふと、彼女は妙なことに気付いた。あまりに何も無さ過ぎる。旧世界を滅ぼした災害、『大衝突カタストロフ』。この施設もその影響を受けたのなら、当時この施設にいたはずの人間の死体――骨くらいは転がっていてもいいはずだ。

 彼女はメモを見返してみた。一階から三階まで同じような構造をしているが、一階に不自然に何もない区画が存在している。


「……調べてみよっか」


 口元に笑みを湛えたまま彼女は一階へと階段を下っていった。そしてある壁の前に立ち、観察を始める。その壁は他の壁と違い、ひび一つ入っていない。彼女がその横の壁を調べるとひびに混じって縦に走る溝と小さなランプが壁にはめ込まれていた。


「カードリーダー。当たり、かな」


 ひびの入っていない壁の前に立ち、彼女は深く息を吸った。そして――


「ふっ!」


 気合一閃。回し蹴りが壁に叩き込まれた。轟音を立てて壁がくの字に折れ曲がり内側に吹き飛ぶ。そして彼女の前にはぽっかりと四角く闇が口を開いていた。数秒して下から重い金属がぶつかる音が響く。彼女が闇に目を凝らすと、下に降りる階段がかすかに見えた。


「ビンゴ」


 楽しげに彼女は呟くと、人差し指を立てた。その指先に白い光が生まれる。

 魔術。人間が試行錯誤の末に編み出した自然干渉法だ。その中でもこの明かりを生み出す魔術は子供でも使える初歩の魔術である。

 照らし出された階段を静かに彼女は下っていった。その紅潮した頬は彼女がいかに興奮しているか物語っている。そして階段を下り一歩踏み出した次の瞬間、彼女は息を呑んだ。

 照明だ。人工的な照明が彼女が地下層に踏み出した瞬間点いたのだ。

「センサー式の照明!? ううん、それよりも発電施設が生きてる……!」

 天井からの照明に照らし出されたのは左右に伸びる広い通路。彼女は興奮を隠せぬまま、とりあえず右へと足を進めた。

 手近にあった扉を開ける。同時に部屋の照明が点いた。そこにあったのはテーブルの上でほこりを被っている幾つかのディスクと書類、そして床に転がっている白衣を着た白骨だった。


「上の施設はダミーで地下こっちが本命ってわけね。何かの研究施設だったのかな」


 彼女は変色しきった書類に手を伸ばす。すると書類は彼女が触れた先から崩れてしまった。

 仕方がないので彼女はディスクだけを回収することにした。これらにどれだけ情報が残されているのか不明だが、それは古巣に帰って確かめてみないと分からない。

 そして幾つかの部屋を見て回るうちに分かったことがある。この施設は何らかの生物の研究をしていた。それもおそらくは、人間の。

 まず彼女が目をつけたのは透明な液体に満たされたガラスの円筒形の装置だった。それも人間が楽々収まる大きさの。俗に培養槽と呼ばれていた装置だ。

 そしてごてごてと機械に修飾された背もたれのついた椅子。椅子の上部には人間の頭に嵌めるための半球状の装置があり、両手、両足を固定する拘束具も見られた。脳に直接情報を入力する装置。彼女の古巣にも同じものがあるが、この機械は成熟した自我を持つ人間に使用すると自我に悪影響を与える危険性がある。おそらく、あの培養槽で生まれた人間に基本的な言語機能、運動機能を入力するために使われていたのではないかと彼女は推測した。

 転がっていた白骨死体の数は右の通路の部屋だけで十八体。秘匿研究所にしては人数がやや多い気がしたが、警備員を含めるならばそれほど不自然には思わない。

 そして階段から左の通路に彼女は足を向けた。彼女の中ではこの施設の抹消は決定事項だったが、その前にこの施設の目的について知っておく必要があった。

 目的の部屋はすぐに見つかった。電算室。扉を開けると、室内には幾つかのモニターとコンピュータの端末機が設置されている。端末機のコンソールをいじってみると、無事端末機は起動した。モニターに表示された画面を見て、彼女はコンソールをいじっていく。


「研究内容は、と。…………あった」


 リサーチと書かれたフォルダを開き、その中の研究題目と書かれたファイルを開く。そこに書かれている内容を見て、彼女は絶句した。


「……プロジェクトコード、『Angel』。天使を創る研究、ですって……?」


 そして部屋中に彼女の笑い声が響き渡った。大きく体を曲げて、腹を抑えて彼女は笑っている。


「あはははは! 天使? 天使ですって? そんな、私と似たようなことを本気で考える馬鹿がいたなんて! あー、可笑しい。あは、あはは……!」


 ひとしきり笑い終えた後、彼女はフォルダに納められた幾つものファイルを開いていく。


「生産されたサンプルは三百五十二体。その内成功例はたったの一体のみ。残りの失敗作は廃棄処分……」


 サンプルとはあの培養槽で人工的に作られた人間のことだった。それを廃棄処分するということはすなわち、殺すということだ。

 彼女は目を鋭くして成功例から得られたデータを吟味していく。そして落胆のため息をついた。

「これだけの犠牲を出して、得られたのは羽を出して飛べるだけの人間? 遺伝子操作の方面からアプローチするのは一緒だけど、私とは真逆の存在を作ろうとしたのね。……でも、効率の悪いやり方ねー」

 すっかり熱の冷めてしまった彼女は画面を惰性でスクロールさせていく。だが最後の一文を目にして彼女は目を見開いた。


『成功例のサンプルは冷凍睡眠コールドスリープ状態で保存し、これをモデルケースとして量産を開始して実験を進行する』


 彼女は慌ててファイルの更新日時を確かめる。最後に更新されたのがこのファイルだった。つまり、この後に『大衝突カタストロフ』が起きたのだ。


「つまり、まだこの成功例のサンプルは生きている可能性がある……?」


 彼女はコンソールをいじってサンプルの保管場所を確かめ、電算室を飛び出した。向かう先は通路端の部屋。飛び込むようにして部屋に入った彼女を待ち受けていたのは、カプセル型の冷凍睡眠筐体コールドスリープポッドだった。覗き込むと小さな子供が裸で眠っているのが見て取れた。

 彼女は筐体ポッドの横に備え付けられたコンソールを操作し、冷凍睡眠コールドスリープを解除した。

 ヴン、と音を立て筐体が震え始める。子供の肌に熱が戻り、血が通っていくのが見て取れた。機械からは低温の霧が噴出し、ガコン、と音を立てて筐体ポッドの蓋が開く。


「気持ちよさそうに寝てるわね……」


 いたずらしちゃうぞー、と彼女が呟くと、身の危険を感じ取ったのか子供はうっすらと眼を明けた。


「あ、起きた? 日本語わかる? 英語じゃなきゃだめ?」

「日本語、話せます。十三ヶ国語を強制入力インストールされています」


 女性の質問に事務的な口調で答える子供。そして子供は身を起こすと女性の顔を見つめ始めた。


「どうしたの? 体におかしい所でもある?」

「体に問題はありません。その――」


 平淡な口調で答えていた子供の眉が少しだけ寄せられる。


「あなた、誰ですか?」


 初めて子供は自分から言葉を話した。女性はその問いに口元を吊り上げる。


「私? 私はね――」


 一呼吸おいて、彼女は満面の笑みを浮かべて答えを口にした。


「――魔王よ」




 それから十年の月日が過ぎた。遺跡のあった場所にはすり鉢上に抉られた地面が残るのみ。何もかもが跡形も無く消失していた。

 そして天使の子の物語が今、始まる。

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