7話:壊れた王女の守護二人の逃避行
マルクスの肉塊を執拗に踏みにじり、シオンを恐怖と悦楽のどん底に叩き落としていたレン。その紅い瞳がふっと色を失い、逆立っていた白髪が力なく垂れ下がって、元の漆黒へと戻っていきました。
「……あ、れ? ここ、どこだ……? うわっ、血!? なんだこれ、マルクス様……!?」
数秒前までの、万物を圧殺するような威厳はどこへやら。
そこには、腰を抜かしてガタガタと震える、いつもの「ダメダメなレン」が座り込んでいました。魔王化が解け、ストレス値がゼロになったことで、彼は自分がしでかした凄惨な光景にパニックを起こします。
「ひ、ひぃぃっ! 俺、また何かやったのか……!? シオン様! 大丈夫ですか、お怪我は――」
慌ててシオンに駆け寄ろうとするレン。しかし、その手は血溜まりに滑って無様に転び、豪華な絨毯の上で芋虫のように転がります。
その情けない姿を、シオンは潤んだ瞳で見つめていました。
(……ああ。信じられない。あの冷酷無比な『神』が、今はこんなにも脆く、守ってあげたくなるような無能に戻ってしまわれるなんて……!)
圧倒的な暴力と、守護欲をそそる弱さ。その猛烈なギャップが、シオンの歪んだ恋心にトドメを刺しました。
「うふふ……大丈夫ですよ、レン様。すべては悪い夢。あなたが手を汚す必要なんて、もうないのですわ」
シオンはレンを優しく抱き寄せ、その胸に顔を埋めました。
王都から数里離れた街道。夜霧の中を、一台の馬車がひっそりと走っていた。
御者台に座るのは、王国の至宝と謳われた第一王女シオン。彼女は華美なドレスを脱ぎ捨て、動きやすい革の軽鎧に身を包んでいる。
「あ、あの……シオン様。本当に、俺なんかついていっていいんですか……?」
馬車の隅で小さくなっているのは、魔王化が解け、白髪から元の黒髪に戻ったレンだった。ストレスが霧散した今の彼は、ただの「お人好しで気弱な青年」だ。自分がマルクスを肉塊に変えた記憶すら、断片的な悪夢としてしか残っていない。
「何を仰るのですか、レン様。私は決めたのです。あなた様こそが、この腐りきった世界を塗りつぶす真の王だと」
「王なんて、そんな……。俺、スキルだって『微増』だし、さっきも転んで泥だらけになったし……」
レンは自分の情けなさに肩を落とす。実際、今の彼はAランクの実力を持つシオンがいなければ、道中の野盗にさえ殺されかねない弱さだ。だが、シオンはその「ダメな姿」さえも愛おしげに見つめた。
「ふふ、今はそれで良いのです。あなたが眠っている間は、このシオンがすべてを切り伏せましょう。……ですが、あなたの内側に潜む『あの方』が目覚める時、私はまた、あの素晴らしい重力に組み敷かれたいのですわ……っ」
シオンは頬を赤らめ、自身の太ももをギュッと抱きしめた。その瞳には、もはや正気の色など欠片も残っていない。




