第4話: 復讐の序曲:王女だけの戦慄
「……ふぅ。ようやくおさらばですね、あの薄汚い無能と」
魔導師リナが、ダンジョンの入り口で煤けたローブを払いながら、厭わしげに吐き捨てた。
聖騎士ガイルもまた、手に入れたばかりの『真理の宝冠』を恭しく掲げ、隣に立つ王女シオンへ向かって、いかにも騎士らしい「作り物」の微笑を浮かべた。
「シオン様、ご安心を。貴女様を苦しめていた魔物の群れも、足手まといの奴隷も、すべてこの深淵に消えました。これで我がパーティの凱旋に泥を塗る者はいません」
「ええ……。ガイル様、皆さま……感謝いたしますわ。私の国を救うために、尊い犠牲があったことも……忘れません」
シオンは取り繕うように微笑んだが、その心の内は冷めていた。彼女は知っている。ガイルたちがレンをどう扱い、どう笑いながら背中を刺したかを。だが、それも「英雄」たちの強大な力を前にすれば、口を閉ざすしかない事実だった。
一行は凱旋を確信し、迎えの豪華な馬車へと乗り込もうとしていた。
だが、その輪から一人外れ、シオンだけが立ち止まった。
「……っ!?」
シオンの背筋を、氷の刃でなぞられたような戦慄が走る。
誰もいないはずのダンジョンの奥底――暗黒の口を開けたその場所から、陽光を喰らい尽くすような「漆黒の重圧」が漏れ出していた。
その中心に、彼女は視た。
全身を返り血で真っ赤に染め、かつての黒髪を**「無慈悲な純白」**へと変貌させた男が、奈落の淵に音もなく立っているのを。
男の紅い瞳が、まっすぐにシオンだけを射抜く。
(な、に……? あの姿は、まさか、レン……?)
その時、彼女の鼓膜を直接震わせるような、低く、そして以前の彼からは想像もつかないほど冷徹な「俺」の声が響いた。
『……ふぅ。お待たせ、ゴミ共。地獄への旅路は、俺がエスコートしてやるよ』
「ひっ……あああああぁぁぁ!!!」
シオンは短い悲鳴を上げ、その場にへたり込んだ。あまりの恐怖に心臓が鷲掴みにされ、失禁しそうなほどの圧力が彼女の喉を締め上げる。
「お、おい、シオン様!? いかがなされましたか!」
ガイルが慌てて駆け寄り、跪いて彼女の肩を支える。
「い、いるのよ! あそこに、レンが……! 髪を真っ白にして、魔王のような姿で……私たちが地獄へ行くと、そう言ったわ!」
「ははは、シオン様。ご冗談を」
ガイルは怪訝そうにダンジョンの暗闇を覗き込むが、そこには何もいない。ただ静まり返った空気が漂っているだけだ。
「シオン様、あのような無能を気にかける必要はございません。奴は私がこの手で胸を貫き、あの深淵に叩き落としたのです。万に一つも生きてなどおりませんよ」
「でも、確かに……! 確かにレンはそこに立って、私を見て笑って……!」
「お疲れなのですわ、シオン様。きっと、心優しい貴女様が『犠牲』に対して良心の呵責を感じ、幻覚を見せているのでしょう。あんな雑用係、死んでも化けて出る魔力すら持ち合わせておりませんわ」
治癒術師の女が、猫なで声でシオンを宥め、聖水を含ませた布で彼女の額を拭う。他のメンバーも「何を馬鹿なことを」と鼻で笑い、怯える彼女を強引に馬車の中へと押し込んだ。
「……い、いや……違う……。あれは、そんな生易しいものじゃ……」
シオンはガタガタと歯の根が合わないほど震えながら、窓の外を凝視し続けた。
馬車が走り出す。
その瞬間、彼女は再び視てしまった。
街道沿いの樹木の影。陽光の届かない場所に、ゆらりと立つ**「白髪の男」**の姿を。
男は逃げゆく馬車を見送りながら、愉悦に満ちた笑みを浮かべ、ゆっくりと指を一本立てて「静かに」と合図を送っていた。
(嘘……消えてない……ずっと、見てる……!)
シオンは狂ったように叫びたかったが、声が出なかった。
彼女だけが知っている。
死んだはずの「生贄」が、今、自分たちを狩り尽くすために歩み始めたことを。
一行は、レンが仕掛けた「恐怖の檻」に囚われていることにも気づかず、偽りの凱旋へと帰路につくのだった。




