3話:白銀の魔王、降臨
(……熱い。脳漿が沸騰しそうだ……)
奈落の底へと落下しながら、レンの意識は漆黒の憎悪に塗りつぶされていた。
ガイルの嘲笑、リナの炎、シオンの冷徹な瞳。それらが網膜に焼き付き、心臓を毒のように蝕んでいく。
(許さない……。あいつらだけは、絶対に……っ!)
その刹那。
脳内のストレスゲージが限界値(100%)を突破し、パキィィィィン! とガラスが砕けるような音を立てて飛散した。
【警告:個体名『九条 蓮』、生存限界を突破】
【精神リミッター解除。全魔力回路を強制接合します】
【固有スキル『微増』をデリート。神域権能『黒天』を再定義】
ドクンッ、と鼓動が一度、大きく跳ねた。
落下していたレンの体が、地面に激突する寸前、物理法則を無視してピタリと静止する。
その直後だった。
レンの黒髪が、毛先から根元に向かって瞬く間に脱色されていく。漆黒だった髪は、死の色を映したような、禍々しくも美しい**「純白」**へと変貌した。
「……ハ、……ハハッ」
レンの口から、低く、冷え切った笑いが漏れる。
ゆっくりと顔を上げたその瞳は、灼熱の紅へと染まり、周囲の空間をミシミシと歪ませるほどの魔力を放っていた。
「体が軽い……。ああ、これだ。これこそが、俺が求めていた『力』だ」
白髪を乱暴にかき上げ、狂気に満ちた笑みを浮かべるレン。
その異変を察知し、暗闇に潜んでいた「奈落の顎」の主たちが姿を現した。
地上では一国を滅ぼすとされる災害級の魔物、八首の巨蛇『ヒュドラ』。
レンを「餌」と断定し、八つの顎が同時に襲いかかる。
「身の程をわきまえろ、畜生が。俺の行く手を阻むな」
レンは冷酷な一瞥をくれると、指をスッと下へ向けた。
「『一倍』」
ズゥゥゥゥゥゥンッ!!!
瞬間、周囲の空気が「質量」を持ってヒュドラを押し潰した。
半径百メートルの全物体に、通常の数万倍の重力が垂直に叩きつけられる。
ヒュドラの巨体は、一瞬で地面にめり込み、自らの重みに耐えきれず鱗が弾け、内臓が口から逆流して噴き出した。
「ギ、……ア……ッ」
絶鳴すら重力に押し殺され、ヒュドラは地面に張り付いたままピクリとも動けない。
「ほう。まだ原形を留めているとは、少しは骨のある雑魚のようだな」
白髪をなびかせ、レンは悠然と歩を進める。
レンが足を踏み出すたびに、硬質なダンジョンの床がクモの巣状に砕け、巨大なクレーターが形成される。
レンはヒュドラの首の一つを、自らの靴で静かに踏みつけた。
「『圧壊』」
ミリ、ミリ……グシャリッ。
レンの足裏から放たれた局所的な超重力が、ヒュドラの頭蓋を「極小の点」へと圧縮していく。
強靭な骨が粉々に砕け、脳漿と血が混ざり合い、真っ赤な霧となって霧散する。レンはその凄惨な光景を、至高の快楽に浸るかのような薄笑いで見つめていた。
「いいぞ。もっと啼け。もっと俺を愉しませろ。……貴様を塵にするまで、この『重み』からは逃がさねえよ」
数分後。
そこには、跡形もなく平坦になった大穴と、肉片すら視認できないほどに「圧縮」された真っ赤なクレーターだけが残されていた。




