24話:少女との約束
腐敗臭の漂う森の奥、レンの耳に、か細い羽虫の羽撃きのような、掠れた旋律が届いた。
「……あ、……あ、あ……」
大樹の根元、毒々しい紫色の液体が滴る泥濘の中に、一人の小さなエルフの少女が倒れている。名はリィネ。かつては森一番の歌い手と称えられた彼女の喉には、フェルンの魔導管が強引に抉り込まれ、美しい歌声の源である「精霊の加護」を直接吸い上げられていた。
「ひどい……こんな、小さな子まで……!」
レンが駆け寄り、泥にまみれた少女を抱き起しました。リィネの肌は生気を失い、まるで枯れ葉のように軽く、触れれば壊れてしまいそうなほど脆くなっていた。
「お、……おに、い……ちゃん……。おねえ……ちゃん……助けて……っ」
リィネの指先が、力なく虚空を彷徨います。彼女の姉は、フェルンの「メイン被検体」として、さらに過酷な抽出が行われている実験棟の最深部へと連れ去られていた。
(……なんで。どうして、仲間だったはずの奴らが、こんなに平気で誰かの大切なものを踏みにじれるんだ!)
レンの胸の奥で、ジャックの時の「怒り」とは違う、熱くドロドロとした「義憤」が沸き上がります。守りたかったトトの姿が、リィネの震える小さな手と重なった。
「……ああ、約束する。君のお姉ちゃんは、必ず僕が連れ戻す。……この森を、君たちの歌声を、あんな女に独占させたりしない」
レンがリィネの額にそっと手を当てた瞬間、背後からゾクリとするような冷気が走りました。
「あぁ……っ! 素晴らしい、素晴らしいわレン様ッ!!」
シオンが泥濘を厭わず這い寄り、レンの背中に顔を埋めました。彼女はリィネの絶望的な状況と、それを見て「正義」に燃え始めるレンの横顔に、狂おしいほどの興奮を覚えていた。
「その『守りたい』という純粋な祈りが、絶望の魔王へと反転する瞬間……! 想像しただけで、私の内臓がとろけてしまいそうですわ……っ! レン様、この子の涙を、フェルンの断末魔で拭って差し上げましょう? あの女の『若さ』を、この子の前で醜く腐らせて差し上げるのですわッ!!」
シオンはレンの首筋を舌でなぞり、よだれを垂らしながらリィネを冷たく見下ろしていた。
「さあ、レン様。……その汚れなき掌で、フェルンの傲慢な心臓を握りつぶしに参りましょう。……あの子たちの未来を貪る『美しき吸血鬼』に、終わりのない老い(ぜつぼう)を教えて差し上げるのですわッ!!」
「……ああ。行こう、シオン様」
レンの瞳に、白銀の光が宿り始めます。
復讐は、もはや自分のためだけではない。
リィネに誓った「約束」を果たすため。
レンは少女を安全な草陰に横たえると、地響きのような威圧感を纏い、フェルンの研究所へと歩みを進めていた。




