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23話:エルフの森の異変

オーラムの喧騒を離れ、北へと向かう馬車の中で、レンは何度も自分の掌を見つめていた。

そこには、ジャックから取り返した「借用書」の感触がまだ残っている。あの時、檻から解放された親子が見せた、震えるような感謝の涙。


「……僕の手でも、誰かを助けられるんだろうか」


ポツリと漏らした独白に、隣に座るシオンが、獲物を狙う蛇のような妖艶な笑みを浮かべて応えます。


「ええ、もちろんですわレン様。……『破壊』によってもたらされる救済ほど、純粋で美しいものはありませんもの。さあ、次なる『救済じごく』の舞台へ参りましょう……っ」


二人が辿り着いたのは、大陸北方に位置する、古の魔力が渦巻く原生林『イルミナの森』でした。

かつては「世界で最も清浄な地」と謳われ、透き通った大気が満ちていたはずの聖域。しかし、今そこにあるのは、鼻を突くような薬物の異臭と、腐りかけた肉が放つ死の毒気でした。


「……何、これ。森が、死んでる……?」


レンが絶句し、一歩森へ踏み出した時。

パキッ、と乾いた音が足下から響きます。見下ろせば、そこには白骨化したエルフの腕が、地面から這い出すように転がる。


「ふふ、相変わらず無慈悲な研究ですわね。……あそこにいらっしゃるのが、元パーティの魔導師フェルン。彼女、昔から『老い』という概念を、不治の病のように忌み嫌っていましたもの」


シオンが指差した先――森の中央に鎮座する、樹齢数千年の「世界樹」の成れの果て。

かつては命の源だったその大樹は、今や無数の**魔導管パイプ**が突き刺さり、どす黒い魔力を脈動させる「巨大な実験装置」へと成り下がっていた。

大樹の枝々には、生きているエルフたちが「苗床」として無数に吊るされている。

彼らの透き通った肌はどす黒く変色し、その細い腕からは生命力が、フェルンの座る玉座へと絶え間なく吸い上げられていた。


「あぁ……っ! 素晴らしい、素晴らしいわ! 流れ込んでくる……数百年という純粋な『時間』が、私の細胞一つ一つを焼き尽くすように若返らせていく……!」


大樹の下、クリスタルで造られた不気味な実験机の前で、一人の女が狂ったように自らの肌をなで回していました。

フェルン。かつては冷静沈着なエルフの魔導師として、パーティの頭脳を担っていた女。

しかし今の彼女は、奪った生命力によって不自然なほどに白く輝く肌を持ちながら、その瞳には底知れない「飢え」を宿していました。


「レン、聞こえますか? あの大樹に繋がれた者たちの、魂の軋む音が……」


シオンがレンの背後に回り込み、ゾクゾクと震える体で彼の肩に顎を乗せました。その瞳は、あまりに凄惨な光景に興奮し、潤んでいます。


「フェルンは今、エルフの長命の謎を解き明かし、自らを不老不死の『神』へと造り変えようとしているのですわ。……そのためには、同族の命を何人分、何千人分、搾り取ろうとも構わない……。あぁ、なんて素晴らしい傲慢! なんて完璧な『標的おもちゃ』なのかしら……ッ!」


シオンはレンの耳たぶを甘噛みし、熱い吐息を吹きかけます。


「……レン様。あの子たちの歌声を奪い、森を腐らせたあの女に、……この世で最も『重く、醜い老い』を教えて差し上げましょう?」


レンの拳が、ミシミシと音を立てて握りしめられました。

ジャックの時とは違う。

目の前で、今もなお吸い取られ、消えかけている「命」がある。

復讐のためだけではなく、この惨劇を止めるために。

レンの瞳の中に、今までとは違う、静かで激しい「決意の炎」が宿り始めた。

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