21話:血塗られたコイン
老人に向かって空き瓶を投げつけるジャックをみてレンは
「……あいつ、何一つ変わってない」
レンの脳裏に、あの日、ダンジョンの暗闇で自分を突き飛ばしたジャックの顔が浮かぶ。
『レン、お前の命はここで捨て石にするのが、一番コスパがいいんだ。恨むなよ? 金で買えない価値なんて、この世にはねえんだからさ』
あの時、ジャックはレンの命を「安物の消耗品」として処理した。
今の彼は、この街全体の人間を「換金対象」としてしか見ていない。
「行きましょう、レン様。あの方、今夜は自分の誕生祝いで、金で作った巨大な噴水に最高級のワインを流して遊ぶそうですわ」
シオンはレンの腕を抱きしめ、その柔らかな胸を押し付けながら、恍惚とした表情で囁き続けます。
「あそこの檻で、乾きに震えて泥水をすすっている子供たちの目の前で、贅の限りを尽くす……。あぁ、なんて素晴らしい悪辣さ! その汚らわしい欲望を、レン様の聖なる重力でギュッと、ギギギッと絞り上げて差し上げる瞬間が待ちきれませんわ! レン様、早く……早く私に、あの男が絶望で顔を歪める最高の景色を見せて……ッ!」
「……ああ。……分かってる」
レンの黒髪が、感情の消失と共に静かに揺れました。
復讐心だけではありません。この街に満ちる「持たざる者」たちの絶望の叫びが、レンの精神を「魔王」の領域へと押し上げていきます。
夜、オーラムの中央広場。
ジャックの私邸前では、豪華なパーティが開かれていました。
噴水からは芳醇なワインが溢れ、着飾った貴族たちが笑い声を上げています。その柵の外側では、飢えた民衆が警備兵に棍棒で殴り飛ばされながら、こぼれたワインを一滴でも舐めようと地面を這っていました。
「あはは! 見ろよ、あの豚ども! 金がないってのは、ああいう惨めな姿になるってことだ。俺に感謝しろ、見せ物を見せてやってんだからな!」
邸宅のバルコニーで、金貨を並べたテーブルを叩いて笑う男。
かつてのシーフ、ジャック。
その背後に、影が二つ、音もなく落ちました。
「ジャック。……随分と楽しそうだな」
冷たい、氷のような声。
ジャックが振り返ると、そこにはボロボロの服を纏いながらも、圧倒的な威圧感を放つレンが立っていました。
「……レン? なんだ、まだ生きてたのか。しぶといゴミだな」
ジャックは驚く風もなく、ワインを一口飲むと、手元の金貨を一枚、レンの足元に放り投げました。
「ほら、取っておけよ。お前のこれまでの苦労、そのコイン一枚分で買い取ってやる。それで消えろ。今の俺は忙しいんだ」
レンは足元の金貨を一瞥し、そして、ゆっくりと顔を上げました。
その瞳は、すでに紅く染まり始めていました。
「ジャック。……お前、俺の命に値段をつけたよな。……じゃあ、今度は俺がつけてやるよ。……お前の命は、……今この瞬間に、価値を失った」
【ストレス値:85%……】
黄金の館に、不吉な重力の軋みが響き始めました。
欲望の都の王に、終わりの時が告げられようとしていました。




