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15話: 慈悲と殺意の相克

崩落する隔離病棟。ひしゃげた石材が火花を散らし、白銀の髪をなびかせるレンの周囲には、光さえも歪ませる絶大な重力場が形成されていた。


「ひ、ひぃぃっ! くるな、くるなあああッ!!」


腰を抜かしたミュリンが、狂ったように手元の魔導鈴を振り鳴らす。


「お前たち! 私の可愛い実験体おもちゃども! このゴミ箱を噛み殺しなさいッ!!」


その合図とともに、影から這い出したのは、かつて村人だった「肉の成れの果て」たちだ。増殖しすぎた筋肉に理性を奪われ、ただの獣と化した異形たちが、レンへと牙を剥く。


「……消えろ。その醜い姿で、これ以上生き恥をさらすな」

レンが指先をわずかに弾く。

「『重圧プレッシャー』」


ズシャァァァッ!!!


一瞬だった。飛びかかった数体の異形たちは、空中で巨大なプレス機に叩かれたかのように、一塊の肉餅となって床に張り付いた。骨の砕ける音すら、重力の轟音にかき消される。


「そんな……っ! あ、待って! 殺さないで! この子、トト君を殺してもいいの!?」


極限の恐怖に陥ったミュリンは、そばに転がっていた肉塊――トトの首筋に鋭いメスを突き立てた。


「私を殺せば、この子は二度と元に戻らないわよ! 私の独自の術式なの! 私だけが、治せる可能性があるんだからぁッ!!」


「……嘘をつくな。お前はさっき、元に戻すのは無理だと言った」


冷徹な魔王の瞳がミュリンを射抜く。嘘を見破られた彼女は、顔をどす黒く歪め、トトの背中の肉の触手をレンへと叩きつけた。


「死ねぇ! 恩知らずのクソガキがあああッ!!」


トトの変質した腕が、レンの喉元に迫る。

魔王化したレンが、その頭部を重力で粉砕しようと右手を掲げた、その時だった。 


(……やめて。やめてくれ、トト君を……僕の友達を殺さないで……!)


レンの脳内に、もう一つの、弱々しく優しい「本来の人格」の声が響き渡った。


「……チッ、今さら出てくるんじゃねえよ、弱虫が」


魔王の人格が毒づく。しかし、優しい人格の拒絶反応により、レンの右手が激しく震え、必殺の重力場が霧散した。その隙を見逃さず、トトの骨の刃がレンの肩を深く切り裂く。


「あははは! なに、急に弱くなっちゃって! いいわ、そのままトトに食われちゃいなさいよ!」


(お願いだ……トト君を殺すくらいなら、僕を殺して……っ!)


内側からの懇願が、魔王の殺意を鈍らせる。だが、魔王の人格は冷酷にそれを切り捨てた。


「……ハッ、死にたいなら一人で死ね。俺はこいつらを、地獄の底まで叩き落とすのが仕事だ」


魔王は自身の精神の「優しさ」を力ずくでねじ伏せ、眼前のトトへ無慈悲な一撃を放った。


「『圧搾』」


「あ……が、……っ」

トトだった肉塊が、一瞬でひしゃげ、物言わぬ死体へと変わる。優しい人格の悲鳴を無視し、レンは一歩、また一歩とミュリンへ歩み寄った。


「い、いやあああああああッ!!」

レンはミュリンの髪を掴み上げ、床に叩きつける。


「『無限破砕エンドレス・クラッシュ』」


バキィィィィンッ!

ミュリンの四肢の骨が、一瞬にして数千の破片に砕け散る。


「ぎゃああああああああああああああッ!!!」


「叫ぶな。お前の得意な『過剰再生』をかけてやれよ。死ぬたびに治してやるから、一秒間に一万回、死の苦しみを味わえ」


レンは超重力で彼女の肉体を「圧縮」し続け、内臓が弾け飛ぶ寸前で、無理やり彼女自身の魔力を暴走させて再生させる。

肉が弾け、骨が砕け、それが瞬時に繋がってはまた砕かれる。

数分後、そこにはもはや人間の形を失い、絶叫すら上げられない「生きた肉の泥」と化したミュリンが転がっていた。


処刑が終わった静寂の中、生き残っていた数人の改造村人たちが、涙を流しながらレンに縋り付いた。


「……殺して……。もう、人間には、戻れない……。お願い……」


魔王の瞳が、ふっと色を失った。


「……ああ。楽にしてやる」


一振りの重力波が、彼らの苦しみを終わらせた。

その瞬間、レンの髪が漆黒に戻り、ストレス値がゼロへと急落する。


「あ……ぁ……トト、君……? 村の、みんな……?」


意識を取り戻した「優しいレン」の視界に入ったのは、自分の手で殺めた親友の残骸と、血の海に沈む村人たちだった。


「……う、……うわああああああああああああああああああッ!!!!」


狂ったような絶叫が病棟に響き渡る。


「僕が殺した……僕が、みんなを……っ! 死にたい、僕も死なせてくれええッ!!」


絶望に打ちひしがれたレンは、側に落ちていた剣の破片を自分の喉に突き立てようとした。だが、その手は白く細い指によって力強く止められた。


「……ダメですよ、レン様。貴方はまだ、死ぬことさえ許されません」


背後から、壁に埋まっていたはずのシオンが忍び寄り、血に濡れたレンを抱きしめた。


「この罪も、この痛みも、すべて抱えて次の獲物を殺しに行きましょう……。貴方の絶望する顔、本当に……本当に美しくて、気が狂いそうですわ……っ」


「嫌だ……嫌だあああ……っ!」


レンはシオンの腕の中で、赤子のように泣きじゃくりながら、やがて精神の限界を迎えて意識を失った。

血溜まりの中で眠る黒髪の青年と、その額に恍惚としたキスを落とす狂った王女。

二人の復讐行は、もはや後戻りできない深淵へと足を踏み入れていた。

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