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1話:泥を舐める日常:深淵の奴隷

「おい、レン! 足が止まっているぞ。さっさと歩け、この無能が!」


背後から突き刺さる罵声と同時に、レンの背中に激痛が走った。リーダーの聖騎士ガイルが放った、手加減のない蹴りだ。


「ひっ……! す、すみません、ガイルさん……っ!」


レンは前のめりに倒れ込み、湿ったダンジョンの床に顔を打ち付けた。口の中に土と、魔物の排泄物が混じったような嫌な味が広がる。しかし、痛みに悶える暇など与えられない。背中に背負った、彼の体格の三倍はあろうかという巨大な背嚢はいのうが、無慈悲にその体を地面へと押し潰す。

中身は、S級パーティ『黄金の夜明け』の面々が使う予備の重厚な全身鎧、彼らが贅沢に嗜むための酒瓶が詰まった木箱、さらには「換金効率は悪いが捨てるのは惜しい」という理由だけで拾い集められた、重いだけの魔石やガラクタの山だ。

総重量はゆうに150キロを超えている。


「……はぁ、はぁ、……っ」


現代日本からこの世界に転生して一年。九条蓮に与えられたスキルは、身体能力がわずかに……それこそ誤差の範囲で上昇するだけの『微増びぞう』だった。

この世界では、スキルこそがすべて。

強力な魔法や剣技を持つエリートたちにとって、レンは「人間」ですらなかった。彼らの快適な冒険を支えるための、感情を持たない「歩く倉庫」であり、あるいは「使い捨ての盾」だ。


「何をしている。早く立てよ」


冷ややかな声が降ってくる。パーティの魔導師リナだ。彼女は退屈そうに指先で小さな火球をもてあそび、それをレンの足元へ落とした。


「熱っ……!? あ、熱い……っ!」


「あら、ごめんなさい。あまりにノロマだから、少しは身軽になるかと思って炙ってみたの」


リナの言葉に、他のメンバーから下卑た笑い声が漏れる。誰もがレンを「なぶっていい玩具」として見ている。レンの心臓が早鐘を打ち、視界が屈辱でじわりと滲む。


(……なんで、俺がこんな目に……。俺が何をしたっていうんだ……)


その瞬間、視界の隅に不気味な半透明のバーが浮かび上がった。レンにしか見えない、彼の精神の限界値を示す『ストレスゲージ』だ。


【ストレス値:88%】


「おい、ぐずぐずするな。ほら、魔物だ。お前の出番だぞ」


ガイルがレンの首根っこを、獲物を吊るし上げるようにして掴み上げた。そのまま、前方から地響きを立てて突進してくる巨大な岩石トカゲ(ロックリザード)の射線上に、レンの体を乱暴に放り出す。


「がっ……あ……っ!」


逃げ場はない。背後の『黄金の夜明け』の面々は、武器を構えることすらせず、レンがどう無様に死ぬかを観察する観客のようにニヤついている。

ロックリザードの、ヤスリのようにざらついた巨大な爪が、レンの左肩を深々と切り裂いた。


「あああああぁぁぁ!!!」


鮮血が激しく舞い、レンの視界が真っ赤に染まる。焼けるような激痛が神経を逆なでし、意識が飛びそうになる。だが、ガイルは笑いながら追撃の言葉を投げた。


「いい悲鳴だ。その調子で魔物の気を引けよ。お前のその安い命が、ほんの数秒でも時間を稼げれば、俺たちの剣が汚れないで済むんだからな」


その瞬間、レンの中で何かが「パチリ」と音を立てて弾けた。

悲しみも、恐怖も、絶望も、すべてが漆黒の『殺意』へと塗りつぶされていく。


【ストレス値:92%……96%……】


脳内に響く警報音は、もはやレンの耳には届いていなかった。ただ、ドロリとした熱い何かが、足元からせり上がってくる感覚だけがあった。

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