〈探り屋〉
言いたくはありませんが、世の中、不景気ですね。仕事にあぶれた連中が、街にあふれています。カネはないが、暇だけはある。そんな若者をうまく活かせば、この不景気だって、持ちなおすと思うんですが……。
言っているだけでは、変わらない。まず隗より始めよ、といいます。言い出した者から始めるべきでしょう。これまで弟子はとってこなかったのですが、考えを改めることにしました。
「親方ぁ、親方ぁ」
おっと、あの騒々しいのが、私の弟子になります。
「どうした、ハチ」
「おいらは頭が悪いんで、もう一回、教えてくださいよ。〈探り屋〉ってのは、どういう仕事なんですか?」
「〈探り屋〉ってのは、ひとことで言えば、お宝探しになる。目の前に複雑な迷路があると考えてくれ。今風にいえばダンジョンだな。私たちは勇猛果敢に挑戦して、見事、お宝を手に入れて帰ってくるというわけだ」
「お宝のある迷路ってのは、どこにあるんです? 生まれてこの方、おいらは見たことも聞いたこともねぇですよ」
「何を言ってる、すぐ目の前にあるじゃないか」そう言って、私は自分の頭を指さす。
「えっ、親方の頭の中ですか?」
「私だけじゃない。ハチ、おまえの頭に中にもある。生きとし生けるものの頭の中には、ダンジョンがあるのさ」
おわかりですね。人間の頭というものは迷路そのものです。脳髄もしくは記憶と言い換えてもいいでしょう。脳髄の役割は考えたり判断したり覚えたりするだけではありません。忘却という機能もついています。
だから、うっかり大事なことを忘れてしまうのです。この大事なことが、お宝になります。例えば、へそくりの隠し場所、金庫を開ける方法。珍しいところでは、元カノの連絡先という方もいましたね。とにかく、私はお宝を手に入れて、依頼人に手渡すことで、代金を受け取るという流れになるのです。
「親方、頭の中にダンジョンがあるのはわかりました。でも、一体どうやって、ダンジョンに入るんですか?」
「そいつを教えるには、まだ早いかな」
「えーっ」
「当然だろ、駆け出しのおまえには十年はやい」
「親方ぁ」
「甘えた声を出してもダメだ。だが、ノウハウ知らなければ、仕事の役に立たないのも事実。一度しか言わないから、しっかり覚えるように」
「ははーっ」
「ハチよ、これが何に見える?」
「何って、高そうなタオルですね」
「これは魔法都市プラハでつくられた〈マジカルタオル〉だ。私はこれを長崎の出島で手に入れた。見かけは普通のタオルだが、これに特殊なオイルを落とすと、たぐいまれな万能アイテムになる」
「へぇ、万能アイテムですか」
「まず、これを依頼人の額にあてる。しばらくして、それを私の額に移しかえる。ただ、それだけで、依頼人の記憶を覗きみることができるんだ」
「なるほど、まず、依頼人の額にタオルをあてる。しばらくして、それをタワシの額に移しかえる」
「おいおい、何だよ、タワシの額ってのは。私の額だよ」
「わかりやした。親方の額にあててから、おいらの額にあてるわけですね」
「しっかり聞いてくれよ。最初にあてるのは依頼人の額で、その次に私の額にあてる」
「タワシの額に」
「私の額だ」
これほど覚えの悪い男を私は知りません。ハチを弟子にしたことに、少なからず不安をおぼえた次第です。