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【番外編】 新婚の私と、クリス様との初夜事情⑦終

「この庭を作って良かった」


 この公爵邸の平面幾何学式庭園が好きではない私のために、西の端の一角に『春の庭』のような自然庭園を造って下さった。

 ここのガセボでお茶をするのが私のお気に入りだ。


「貴女の逃げ込む場所を造っておいて良かった。またベランダから……と思って血の気が引きましたよ」


 絶望はいつも前触れもなく突然やってくるけど、自殺はもう、しない……


「でもご存じないでしょう? あのベランダの下は特別やわらかな盛り土をさせて、折れやすい低木をたくさん植えさせたんですよ。たとえ飛び降りても、もう死ぬことはできませんよ」


 だからあそこだけ庭園の左右対称を乱しているのね。


「ドレスのすそが見えてますよ? どうか出てきて下さい」


 初夜を怖がる私が、とんだ傷モノだったなんて知られて、どんな顔をすればいいのか分からない。


「……貴女のことは幼少期から、けっこう金を使って調べたので、大体知っています。ハリーとの、次期公爵との結婚ですからね。ややこしい親族がいたら困るので。アースキン家にも金を積んで、メイドから情報を得ていました。伯爵夫人の命令で、虐待されていることも、替え玉なのも、使用人の男たちが深夜出入りしている事も知っていました。その頃の貴女は全てを諦め切った顔をしていましたから、そういう事なら放っておいていいかと思っていました」


 カサリと、クリス様が近づいてくる音がする。


「だが、貴女のピアノは諦めていなかった。 新しい世界に飛び立とうと必死に抗ってた。 私の計画もありましたが、うまく利用したら貴女の事も救えるんじゃないかと思いました。」


 そろそろと木の影から彼を伺う。


「正直、貴女が処女かどうかなんて、どうでも良かった。ハリーとの結婚前の医師の診察で、処女だと聞いて驚いたくらい。あの頃は貴女を愛していなかったけれど、愛した今も私にとってそんな事はどうでもいいんです。だって私も、童貞ではないですからね」


 クリス様の額は、汗にまみれて髪はぐしゃぐしゃ、ズボンは泥だらけ。上半身の真っ白なブラウスには茶色いソースがべったりとつき、卵の黄身なのか黄色いクズもついている。


「……昨日はとても幸せでした。愛する人の身体に触れて、愛する人が私の身体に触れてくれて……気持ち良くて、嬉しくて私の人生の最高の瞬間でした。オリヴィアはどうでしたか?」


 さわさわと揺れる木々の歌に、彼の嬉しそうな声が重なる。


 恥ずかしくて堪らなくて、とにかく必死についていったっていうのが、正直な感想だけど……肌と肌を合わせて抱きしめ合うのは、気持ち良くて嬉しかった。


「伯爵家の使用人とのそれより、気持ち良かったですか?」


 心にナイフが突き刺さったかのように痛い。どうしてこんな事を聞くの!


「どうです? 私の方が気持ち良かったですよね?」


 ドッドッドッ、心臓が早鐘を打ち、唇が震える。


「答えて下さい。 私の方が気持ち良かったですよね?」


 再度、念を押されたので震えながら頷く。

 この問答になんの意味があるの……


 私の周りにあった葉の動きで頷いたと分かったようで、クリス様は破顔した。


「良かったぁ~! 私との方が、気持ち良くて~嬉しかったんですよね!」

 にこにこと笑っている。


「それでいいんですよ。それだけでいいんです。過去は消せないけれど、私との行為が一番良いと言ってくれるだけで、私は幸せなんです」



 その笑顔にはちょっと含みを感じたけれど……その言葉には救われた。



 クリス様の愛に条件はないんだ。

 私がどんな生い立ちだろうと関係ないんだ。



 涙をこぼす私を、茂る木々を物ともせず、腰をつかんで立ち上がらせ、抱きしめる。


「どうか貴女はそのままで……私の側にいて下さい」


 身体の凹凸にぴったりはまるほど、きつく抱きしめられたから、私のドレスにもべったりとソースがついてしまった。


「ふふっ。黙っていれば人には知られぬ事で、心を痛めるなんて。なんて純粋な方なんだ……」


 目と目を合わせ、幸せそうに微笑むが、段々と悲し気な表情になっていく。


「そうして、自分の生い立ちに苦しみながらも、私の過ちは全てを許して下さる貴女は、私の女神だ」


 クリス様のその顔は、悲し気を通り越して辛そうだ。

 完全に眉毛がさがっている。


「……だからどうか……いつか私に笑いかけて欲しい」


 ん? 私クリス様には笑っているわよね? 

 どうしてこんな事を仰るのかしら……



 その時、問い正せば良かったのに、それが5年もこじれて離婚騒動になったのは、その後のおはなし。


これにて完結です。

拙い本作を、最後までお読みいただき、ありがとうございましたm(__)m

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