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06 子どもの私と、優しい使用人たち

この伯爵家での生活は快適だった。


 床ではなくベットで寝れるし、3食食べられる。春とはいえ冷たい水での大量の衣類を洗濯するのは辛かったけれど、同じ洗濯女の人たちはすごく優しい。


「あ~あ~ふやけた手でこすり洗いするから、指から血が出てるじゃないか! 洗濯物も汚しちまうから、こっちのシーツを洗いな。これなら足で踏み洗いすりゃいいから」


「なんであんたみたいな小さい子を、洗濯女にしたんだろうねぇ~あぁいいよいいよ!  あんたの力じゃ絞れてないから、あたしが絞るし……あんたはこれを干しておいで」


 大勢で食事をする、下級使用人用の大食堂はいつも賑やかで……


「ほらほらもっとお食べ。こんなガリガリじゃ大きくなれないよ」


「ほんとあんたは可愛いねぇ~お人形さんみたいだ」


「まだお喋りは出来ないかい? 声は出るんだろ?」


 小さくうなずく。

 でも何を喋ったらいいか分からない。

 あまり人と喋ったことがないし、母は私が何か言うと『うるさい』と言って殴ってきた。


 何を言えば機嫌を損ねないんだろう、この人たちが気に入るお喋りをするにはどうしたらいいんだろう。



「お~べっぴんな子じゃねぇか。おっぱいがなくてもいいや、こっちで酌をしろよ」

 ほろ酔いの中年使用人にからまれても……


「この子に指一本触れてみな? 毎日、シーツを絞っているこの手で、お前のソレを絞り潰してやるからね!」


 どっと食堂中で笑いがおこる。

 彼女たちも豪快に笑いながら、男にさらに悪態をつく。

 ひとしきり笑ったあと、私の頭をなでながら悲しそうな目で見つめた。


「あんたの笑顔も、いつか見てみたいもんだ」


 でも私の顔は固まったかのように、動かすことはできない。

 そんな顔をしたら、母に「お前のせいでこんなめに私があってるのに、何だそのヘラヘラした顔は!」と言われていつも以上に殴られたし、最後には首を絞められた。


 母は泣きながら「死ね!死ね!」って言っていて辛そうだった。


 そう思い出してぼんやりしていたら、


「この年でこんなになっちまって……どんな苦労をしたんだろうねぇ」


「ほらこれでも食べな?」


 そう言って私の前に、まあるいキラキラしたものを口に持ってくる。

 素直に口にすると、強烈な味にびっくりして飲み込んでしまった。


「なに飲み込んでんだい!? あんた飴も食べたことないのかい?」


 飴が何か分からなくて、こくんとうなずくと彼女たちの目から涙があふれた。





 しかしこんな優しい日々は、ある日突然終わりを告げた。


 ざわざわ……たくさんの人の声がさざ波のように空気を揺らし、それがどんどん近づいてくる。

 ひときわ女性の甲高い大きな声が、不協和音となって緊張感を伝えてくる。


「奥様! 奥様! お待ちください! ここは奥様が来られるような場所ではございません。お召し物が汚れます!」

 その声は初めてこの屋敷に来たとき会った、紺のドレスを着た女性のもの。


 そして、私の目の前に立つのは……複雑な刺繍を施されたぶ厚いドレスを着て、首にも耳にもキラキラしたものをいっぱいつけた、貴族様の女性。


「あぁお前ね! 本当にあの女にそっくり!」


 甲高い不協和音は、この貴族様の声だったのか。


「なんて忌々しい! 生きていたなんて! とっくに野垂れ死んだと思っていたのに!」


 きれいに化粧をしたその顔は、この世のものとも思えない形相で……それは母の「死ね! 死ね!」と首を絞めてきた時の顔と重なる。



 この人も母も、なんて辛そうな顔をしているんだろう……


 私がいるせい? 


 どうして私は、生まれたんだろう。

 どうして私は、死んでいないんだろう。



 その貴族女性は、側にあった洗濯用の叩き棒を手に取って、私に向かって振り下ろしてきた。



 逃げなかった。

 だって私は死なないから生きていただけ。


 ただ、それだけだったから。


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