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53 平民になった私と、公爵になったクリス様

 クリス様がキャンベル公爵――――!?



 楽屋を尋ねてきたクリス様の言葉に驚き、渡された大きな花束を足の上に落としてしまった。その拍子に後ろにこけ、右足をねん挫してしまった。


 驚いたクリス様は私を抱き上げ椅子に座らせ、ついてきた侍従に医者を呼ぶよう指示をする。

 今日がコンサートの最終日で良かった。




 次の日、私の元に改めてクリス様が尋ねてきた。

 ねん挫の悪化を心配するクレバー夫人の指示で、ベッドに座って迎えた私に、彼は1輪のガーベラを差し出す。


「すまなかった」


 彼の眉毛は下がり、唇の口角も下がっている。

 右手の手術のあと別れてから1年ぶりに見るその顔は、日に焼けたのか浅黒く、引き締まっていて、かつての柔らかな印象はなくなり、気難しそうな青年貴族に見える。


 彼はそれきり口をつむぐので、口下手な私は何を話せばいいのか分からない。


 静寂の中、ぴちちちと鳥の鳴く声が聞こえる。


 この屋敷の敷地の7割を占める大きな庭は私のお気に入りだ。

 屋敷は二階建だが、自分の私室は、庭がま近に見えるこの1階の部屋にした。


「この屋敷はクリス様がご用意して下さったの?」


 この屋敷は、パトロンがプレゼントしてくれたと聞いた。


「ええ。売りに出されると聞いてこの屋敷を見にきたんですが、この庭を見た瞬間『春の庭』だと思ったのです。貴女の『春の庭』を聴くたび私の脳裏に浮かぶ庭、そのものだと思いました。公爵邸の整然とした平面幾何学式庭園ではなく、花が咲き誇り、木登りできそうな大きな木があって、実のなる木もあって鳥がついばみに来るような……」


 私の頬に涙が流れ落ちた。



「オ……オリヴィア嬢」



 私はこの方のことをどう思っているのだろう。


 私を騙し、利用したことを許せない気持ちはある。

 ――――でも、右手を直してくれたし、ハリー様と離婚させて私を自由にしてくれた。

 ――――そしてピアニストとして、これ以上ない舞台でデビューさせてくれた。


 でも彼を見るとムカムカする。

 産まれて初めて腹が立っている。

 それは……


 彼の右手を見つめる。



「その手は私にくれると言った……」


 彼はさらに眉毛を下げ、ベッドに駆け寄り、私の両手をそっと包み込む。

 とても大切なもののように。


「もちろん、今でも貴女のものです」


「私が死ななければもういいのね……手も治ったし、罪悪感が消えた?」


「……」


「私を解放できて満足したから、お金さえ与えればいいと?」


「ち……違う! 違います! 私は貴女には謝っても謝りきれないことをしたと……」


「あの時、私を愛してると言った」


 私が愛を語るなんて……。それは私から一番遠いもので、一番欲しかったもの。


「……つ……」 


 そうだ、私は彼にずーっと怒っていたんだ。


「愛してるって言ったのに、私にずーっと会いに来なかった!」


 1年間手紙もなく、ずっと放っておかれた。


「わ、私は貴女にどんな顔をして会えばいいか分からなくて……」


 罪悪感なんていらない。謝ってなんて欲しくない。

 私は生まれて初めて腹を立て、生まれて初めて我が侭を言う。

 どうか神様、私に勇気を!


「私は会いたかったのに! 会いたかったのに――――!」

 力いっぱい叫ぶ、声はかすれ、身体は震えた。




 クリス様は驚きに目をみはり、その後、真顔になる。


「貴女は私が側にいることを許すと。私の愛を受け入れると仰るのか?」


「……正直、私には愛は分からない。愛されたことがないから。でも、あの音楽室の床で話し合った頃のように、クリス様の顔が見たい、声が聴きたい」


「なら、一生見て下さい、聴いてください」


 私の右手に彼の唇が触れる。忠誠を誓う騎士のように。


「オリヴィア嬢。私と結婚して下さい」


「今度はお飾りじゃない?」


 彼は苦笑する。


「あぁもう許して下さい! 心臓に刺さります」


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