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02 子どもの私と、娼婦の母

「ほら、さっさと出て行きなさい」


 日が暮れると母は、いつも私を家から追い出す。


 子どもがいる娼婦は避妊に失敗した愚かな女だと、この娼婦街では蔑みの対象だ。

 そのため客にバレないよう、家の前で呼び込む前に追い出される。

 辺りはすっかり暗闇に包まれ、うすぼんやりとたいまつの明かりが浮かぶ。


 街の中心にある花街は、立派な娼館が立ち並び、煌びやかな衣装をまとう娼婦の客を呼ぶ小鳥のさえずりのような声と、道路はカーニバルのように灯りで光あふれ、それは華やかだと聞く。


 しかし、この川沿いの娼婦街の細い道にはゴミがあふれ、小便の匂いが鼻をつく。ぼんやりとしか明るくない方が、むしろその汚さが影に隠れ少しはマシに見えるくらいだ。

 ここにいても客にからかわれるだけなので、いつものように河川敷に向かう。


 からかわれる……8歳の私はガリガリで6歳ほどにしか見えない。しかもボロボロの服に破れた靴、顔は泥だらけだ。


「顔かゆ…」


 泥を塗った顔はかゆい。これは母の命令だ。

『社交界の華だった私に似たのね~人買いにさらわれたくなかったら、顔に泥でも塗っておきなさい』

 おかげで娼婦街で物色にくる客には「こんなブスガリで大きくなったら客取れるのか~?」とバカにされる程度ですんでいる。



 河川敷の草むらに腰をおろす。


 川向こうには、キラキラした光が眩しい貴族街が見える。

 貴族街の道路には、夜になるとガス灯というものが灯るらしいし、室内は電灯という蝋燭より何倍も明るい光の中で生活をしているとか。

 背後にある貧民街の暗闇に対して、川向こうの明るい光の帯はより一層鮮やかで、水面に映るそれは夏の蛍の光など比較にならない。


 その奥の高台にはひと際輝く王城が見える。あそこでは王様やお姫様がごちそうを食べて、優雅にダンスを踊って暮らしているのだろうか……



 そう想像しただけで、くぅっとお腹が鳴く。

 空腹なのはいつものこと。


 私の周りの暗闇には、土のにおいと青臭い草の匂いだけ。

 今年の冬は本当に寒くて外で待つのは辛かったが、春が近づいてきたのだろう、今夜はそこまで寒さを感じなくなってきた。


 風が木々を揺らす。さわさわさわ……


「ふふっ。木の歌が始まった」


 そっと目をつぶる。

 今は暗い夜ではなく、明るい昼間なんだと想像する。

 そして今は春の暖かな陽射しあふれる午後のひととき。ここは河川敷ではなく、花々が咲き乱れる美しい庭園。


 私のまぶたの裏には色とりどりの花々が咲き乱れる。庭園なんて行ったことはないが、きっと花屋にあるような花が咲き乱れているのだろう。


 さわさわ……浅緑の葉がゆれる。木漏れ日の影が絶えず形を変え、まるでダンスを踊っているかのよう。

 ぶーんぶーん……みつばちの歌ね。遠くにいては可愛らしく、近くに来れば中々の迫力の歌声。

 ふわふわ……花々がゆれる音。控え目だけどとても優しい音色。

 パタパタ……蝶々もやってきたわ。花と花の間を飛んだり、とまったり、きざむのは素敵なリズム。

 ピチチチチ……軽やかな小鳥の歌声。そのメインの歌が全ての音をまとめ上げる。


 長い冬から明けた、春の庭の暖かくて、どこまでも明るく伸びやかだ。そして、その春の旋律が青い空を高く高く駆けあがっていく。


 夜が更け風が強くなり、冷たい土の上に座る私の身体が寒さで震えてきても―――私は想像の翼を持っている。


 この素晴らしい旋律があるかぎり、私は幸せ。


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