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11 子どもの私と、ピアノ発表会

 例の王女様も参加するという発表会の当日となった。

 私はクレバー夫人の正式な生徒ではないので、参加はしない。


 ところが、朝から豪奢なピンクのドレスをまとったミュリエル様が、大声で泣きわめいている。

 ものすごい不協和音だ。


「無理! 無理! 弾けないわ! 絶対失敗する! 行きたくない!」


「そんな訳にはいかないでしょう! 王女様も演奏されるから、国王陛下、王妃様もご臨席されるのよ! プログラムに名前があるんだから、取りやめなんてできないわ!」


「そうだ。我が侭はやめなさい! さぁ化粧を続けて!」


 アースキン伯爵とマティルダ様が説得にかかるが、ミュリエル様は暴れまわって拒否し、もう髪はぐしゃぐしゃだ。


「あの子に行かせたらいいじゃない! 先生のお気に入りだし、私が弾く『春の庭』を完璧に弾けるもの!」


「……」


 皆の視線が一斉に私に集まる。


「もういや! いや! ピアノなんて弾きたくないのぉ~!」


 号泣するミュリエル様を、マティルダ様が抱きしめる。


「あぁ可哀そうに。比べられて辛かったわね。あれはただ媚を売るのが上手なだけよ? 下賤な娼婦の子に才能なんてあるわけないじゃないの!」


 彼女の泣き声はわんわんと、ますます大きくなっていく。


「いいわお前、ミュリエルの代わりにピアノを弾いてきなさい」


 そして私の姿をじろじろと見たあと、思案してメイドに命令をする。


「髪はわたくしの茶髪のウイッグをかぶせて、そして顔はベールで隠しなさい。身体にはタオルでも巻き付けてミュリエルのドレスを着せてちょうだい」





 発表会は舞台があるホールで行われていた。

 席は保護者たちで満席で、中央には堂々と腰をかける中年の男女がいて、あれが王様とお妃さまなのかと思った。


「伯爵令嬢ミュリエル・アースキン嬢。曲はレッグの『春の庭』です」


 アナウンスされると、会場のざわめきがやみ、静寂に包まれる。

 ゆっくりとピアノに向かうが、やせっぽっちの私がミュリエル様のドレスを着るために巻かれたタオルが、身体からずり落ちそうで気が気ではない。

 前の令嬢が観客に向かって挨拶をしていたので、真似をして頭をさげる。


 椅子に腰をおろし、鍵盤を見つめる。


 あぁ、なんてきれいなピアノなんだろう! 

 触るのを躊躇してしまうほど、白く美しい鍵盤がライトを浴びて輝いている。


 呼吸を整えて、最初の1音を鳴らす。


 すごい!

 なんて奥行きのある音色! 

 腹の底まで音が響いてくる。

 ピアノの音が周りに跳ね返って、私の耳をビブラートでゆらし、たった1台のピアノの音とは思えないような厚みのある和音で、会場全体を包む。


 屋敷の音楽室とは全然、音色が違う!

 私はうっとりと音の洪水に酔いしれる。

 でも、独りよがりにならないように、音におぼれないように、しっかりと芯のある演奏を心がける。


 あぁ、ここは春の庭。暖かくて、明るくて……大地が芽吹く力強さ、花々を渡る虫たちの軽やかさ、緑・赤・白・黄、草花の色鮮やかさ、青く澄み渡る空のさわやかさ……伸びやかに健やかな春の賛歌。この幸せな春の光景を、ここにいる人たちに伝えたくて、鍵盤に指を滑らせる。


 気が付けば曲は終わっていて、一瞬の静寂のあと、耳が痛くなるほどの拍手の音。座席に座っている人たちは皆立ち上がり拍手をしていてくれた。




 舞台そでに戻ると、苦虫を潰したような表情のマティルダ様に迎えられた。


「お前がこんなに弾けるなんて……マズい事になったじゃない!」


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