86 一緒にいよう
***
使い魔の力を借りながらもフリードとヴィットーリオのもとへ飛び込んだアイリス。
「フリード……」
アイリスは帰ろうという意を込めてフリードの服をちょこんと掴んで緩く引っ張る。
「アイリス。ここは君が来ていい場所じゃない。食事はユーリが俺の分を取り分けているだろうから後で食べるよ。問題ない」
「問題あります!」
「……………………」
「私、今までずっとひとりで。ご飯もひとりでした。でもここに来て皆さんと一緒にご飯食べて味だけでけではなく食事の楽しさを知りました」
ユーリの作ったものは美味しい。しかし味だけではない。今まで食事は生きるために必要という認識でしかなかったが、フリードたちと出会って一緒にご飯を食べて、食事が楽しいものだと知った。
「ユーリさんの作ってもらったご飯をひとりで食べた時、美味しいけど何故か満たされなくて」
アイリスがアルストレスタに来て倒れた時、アイリスを置いて各々行動していた。その時の食事は当然ひとりだったのだ。
「ご飯はみんな一緒がいいです。だから帰りましょう? フリード」
「そうだな。………………………………でもそれはここでの用を済ませた後だ」
「え?」
フリードの姿が突然闇に覆われ姿が消える。そして突如アイリスの後ろから腕が伸びたと思えば視界が覆われる。これはフリードの掌だと気づいた時には全身の力が抜けて行く。
(何……これ……)
アイリスの視界は今度こそ真っ暗になるのだった。
フリードは後ろから抱き込みながら魔法を使った為、アイリスは倒れることなくフリードの腕の中で気を失う。
完全に動く力を無くしたアイリスをフリードは片手で抱える。
(やっと……見つけたんだ)
フリードは眠っているアイリスを見つめる。
***
『お兄ちゃん、お名前は?』
『……』
昔、無邪気に話しかけてきた少女がいた。そこは人権がない世界で、たくさんの子どもが閉じ込められていた。毎日心と身体が耐えられず壊れてしまう現場を見ることは日常茶飯事だった。
『じゃあ私がお名前あげるね! お兄ちゃんは……うーん……』
少年の中で、名前はあってないようなものであり、無意味なものだった。それを目の前の少女は時間をかけて一生懸命考えている。
『じゃあお兄ちゃんは……フリードにしよう! どうかな?』
『……』
『一緒にいよう? フリード。ひとりでいるより一緒の方が楽しいよ』
フリードと名付けられた少年は目の前の少女を無視したが、少女はしつこくいつもそばに来た。暗い世界でおひさまのようにあたたかい少女を最初は不快に思っていたが、いつしか少女の存在は鬱陶しいものではなくなった。
『大丈夫。フリードは、大丈夫』
辛いことがあってもいつも隣には無邪気に笑っている少女がいた。
ただ、唯一不思議だったことは、年齢通り幼さが目立つ中、どこか大人のように達観としている様子があったことだ。
『君、名前は?』
フリードと名付けられた少年が目の前の少女に話しかける。
『……』
フリードの質問に目の前の少女はいつものような笑顔ではなく、どこか悲しげに微笑むだけだった。そして少女が自分の名前を名乗ることはなかった。
それからも少女と同じ時間を過ごすうちに、フリードは少女を気にかけるようになっていった。そしてフリードは少女に連れられて暗い世界を出て、自由になることができた。ただ、少女は一緒ではない。少女によって暗い世界から逃がされたのだ。
(あの時の女の子は約束した。会いたいと思えばまた会えるって。だから俺は探した)
別れる際、最初は忘れてほしいと少女は言った。今思えば名前を名乗らなかった理由は、フリードに自分の痕跡を少しでも残さないようにしようとしていたのかもしれない。
(あの子が生きているかもわからない。それでも、もう一度会いたかった。色を失っていた俺の世界を照らしてくれたのはあの女の子だった。俺はあの無邪気な笑顔を守りたかった。自由にならなくてもいい。暗い世界の中であの子と一緒にいたかった。俺にあの子を守れるほどの力があれば)
フリードは後悔した。そして何年も少女を探し続けた。
(そんな時、君が現れた)
フリードはクレア村でひったくりを相手にしていたアイリスの姿を思い出す。
(そして君は、あっさりと名乗った。正直拍子抜けしてしまったけれど)
アイリスは何もかもを忘れていた。名前を名乗らない理由も忘れてしまっているのだから、名乗ることは普通のことだろう。
『アイリス』という名前が本当の名前なのかは分からないが、どこか彼女の名前だと確信する何かがあった。
(記憶を失っていても、成長して容姿が変わっていてもすぐ分かった。何より本質が変わっていなかったからだ。無邪気な笑顔も、お人よしなところも、絶大な力を持っていることも)
大きな力は不幸を呼ぶことが多い。それをアイリスは分かっているのだろう。アイリスが他人と一定の距離をとっていることは分かっていた。恐らく理由の一つがこれだろう。
(ひとつ嫌だったことは、敬語だな。礼儀としてアイリスの対応は正解だが、俺のことを忘れていても前みたいに話してほしかった。そのことを本人に言った時は、あからさまに困った顔をしていたな。わがままを言ってしまったかな)
困らせるつもりはなかったのだ。だから言ってから少しフリードは後悔したのだ。
フリードは息を吐き、アイリスを抱える腕に力を込める。
(たとえ君がどんな存在であったとしても、今度はちゃんと守りたい。何かを成すのならば、力になりたい。例え俺のことを忘れていたとしても、この優しいひだまりを、これ以上汚すことは許さない)
***
フリードは怯えて震えているヴィットーリオに目を向ける。
「さて。これで邪魔はいなくなった」
「ひい……」
一方アイリスはゆっくり一定の呼吸をしながら目を閉じている。
「さすがに彼女にこんな現場を見せるわけにはいかない。光が似合う女の子だから」
優しくアイリスを見るフリード。しかしその視線はすぐに冷えたものに変わる。
「逃げられるわけないだろう。彼女の危険を俺が見逃すはずがないのだから」
ヴィットーリオはジリジリとフリードから距離を取り、開けっぱなしのドアから逃げようとしていた。
「…………………………! 何でその女に固執する!? 魔法だって、使えたとしてもCランクの価値がない女だぞ!」
「なるほど。さすがアイリスだな。ここまで策が功を奏すとは思っていなかったが、彼女の狙い通りというわけだな」
「は?」
「そちらはまだ、悪事を止められて拘束された理由すら分かっていないと」
「……え?」
ここに拘束されている理由が、フリードの腕の中で眠っているアイリスだというような言いようだ。
「まあ、アイリスは自分がCランクだと、力のない魔法師だと刷り込ませるように言っていたから無理もない」
「え?」
「結果的に……侮っただろう? 彼女を」
「……っ!」
フリードの言う通りヴィットーリオにとってアイリスは警戒対象ではなかった。その慢心と油断をアイリスは利用して敵の懐に入ることへ成功したのだ。この刷り込みはアイリスの策の一つだ。
「自分の失態にすら気がつかず彼女の価値を口にしないでいただこうか」
「ひいいい!」
口調は穏やかなのにヴィットーリオを見る目は冷めきっている。
「さて」
フリードは掌をヴィットーリオに向ける。
「こんなところでアイリスを寝かせるわけにはいかないから抱えているが、片手が使えなくとも問題ない。十分お前を苦しめてやろう」
「やめ」
フリードの魔力の輝きがあたりを包む。ヴィットーリオは恐怖する。
「うわあああ!」
「待って」
恐怖に叫ぶヴィットーリオ。そんな中この場には似つかない高い声が響く。
「へえ」
アイリスがヴィットーリオに伸びた腕に手を置いていた。
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