85 飛ぶのが駄目なら走ればいい
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話はアイリスが薄暗い部屋へ飛び込む数分前。
『うーん! よく寝た!』
朝、目を覚まして体を伸ばす。諸々のことが収束し、ヴィットーリオの身柄を引き渡して帰る予定の前日だ。
窓を開けると朝特有の澄んだ空気が流れてくる。
『なんか……いつもより太陽の角度が……』
そこではっと気づき、慌てて身なりを整えて部屋のドアを開けてバタバタとラウンジまで駆ける。
『ごめんなさい! 私寝坊しちゃったみたいで』
息を荒げながらも頭を直角に下げる。部屋にはユーリとルイがいた。
『いいのですよ。昨日の今日です。疲れもあるでしょう』
優しく気遣うのはチームの潤滑油としての役割を持つユーリ。
『まあもう昼近いですけどね』
少し嫌味に言うのはルイだ。しかし事実な為、アイリスは何も反論できない。
『まあまあ。昨日の出来事の説明は受けましたし、実際私たちはあまり役に立てませんでした。だからこそ彼女の負担も大きくなったのでしょう。これくらい大目に見ては?』
『……………………』
ユーリはアイリスをフォローする。
結局昨日は解呪したヴィットーリオを拘束する時、町の人々が目を覚まし始め、それからは大混乱。何でここにいるのか。ヴィットーリオがなぜ拘束されているのか町の人たちは分からないのだ。それでいて怪我人もいた。
そんな中ユーリたちは全容が分からずとも目の前で起こったことも踏まえて冷静に状況を分析して人々に声をかけて落ち着かせていた。
『そういえばフリードとオーウェンさんはどこにいるんですか?』
キョロキョロと周りを見る。しかし二人の姿は見えない。
『……………………オーウェンは町の復興を手伝いに行っていますよ。フリードは…………分かりませんが……』
『そうなのですか……』
(なんか……嫌な予感がする)
ユーリが若干言葉を詰まらせた様子を気にしながらもアイリスは踵を返す。
『アイリス?』
『フリード、探していきますね! もうお昼ごはんですし』
『アイリス!?』
パタパタと部屋を出て外へ出る。後ろから焦ったような声が聞こえてきたが、アイリスは振り返ることなく足を動かした。
『アイリス! 待ってください!』
ユーリとルイが血相を変えて慌てて走って追ってくる。
『フリードはこういうことしょっちゅうあるんです。気にしなくても帰ってきますよ』
『探しに行ってアンタが迷子とか本当面倒でしかないからね』
『う……』
二人はアイリスを止める。
(なんだろう……変な感じがする)
言葉じゃない。表情や声なのか何が原因かわからない。しかしアイリスは二人に確かな違和感を覚えていた。
『お! アイリス起きたんだな! 調子はどうだ?』
オーウェンが走り寄ってくる。どうやら帰ってきたようだ。アイリスはオーウェンに笑顔で『大丈夫です』と答えるのだった。
『それで……なんで揃いも揃ってこんな玄関先に揃っているんだ? はっ! まさかみんな心配して俺の迎えに!?』
『脳筋に誰も心配なんてしてませんよ』
『なんだと! ルイ!』
(相変わらずだな……)
オーウェンとルイを見て苦笑いするアイリス。
『フリードを探しに行こうと思いまして……もうすぐお昼だから』
『え』
オーウェンがぴたりと止まる。今まで元気に言い合っており、アイリスはその不自然さに眉を寄せる。
『え……オーウェンさん?』
『いや……その……』
何か言いづらそうにしているオーウェンは助けを求めるようにユーリを見るがユーリも困っている。
(なんだろう……なにか知っている……隠している? いつもなら相手が隠そうとしていることに深入りはしないようにするけど……)
本当に必要なことは共有されるとアイリスは考えている。それなら深入りしない方がいいのかもしれない。ただ、どこかアイリスに気を遣っているような様子に不信感を募らせる。
(もしかして……)
ふと学園を出発する際エレナに言われた言葉を思い出す。
『気を付けて。貴女の寮メンバーが任務に行くたびに必ず悪人や犯罪者が……痛めつけられたり精神が崩壊状態で拘束の上移送されてくるの。学園の一部ではファーディナンド様が原因だという噂もあるわ』
精神操作は闇魔法の専売特許。だからこそどこか真実味を帯びてしまう。
(エレナさんが言っていたことは事実で、多分みんな知っているんだ……知っていてそのままにしている。それならフリードはヴィットーリオさんを……)
アイリスはゆっくり目を閉じる。微細な魔力を感じられるように。感知のエキスパートの為、見つけることに時間はかからない。
『見つけた』
アイリスは走りだす。
『待ってください! 貴女は行かない方がいいです。きっと貴女には惨たらしい……惨虐なものを見ることになるだろうから』
ユーリたちが追いかけてくる。
『私……フリードに人を傷つけてほしくないんです! 今ならまだ……きっと間に合う。それに今ならなんでそんなことをしているのか、何を思っているのか知ることができる気がするんです』
自分がなぜこんなに必死になっているのか自分でもわからない。ただ、ここで目を逸らしてしまえば後悔するような気がした。
『アンタの言葉なんて聞いてくれないかもしれないよ。アンタにはふざけている様子を見せているようだけどあの人の本質は冷酷だと思う』
ルイが冷たく言うがここであきらめる選択肢はアイリスにはない。
(そんなこと、分かっている)
アイリスはフリードが協力者になる際のことを思いだす。ここにいる全員を駒として考え、何かをなそうとしているフリードの瞳は残酷なものだった。
『……それでも私は今伝えたいことがあるんです』
それだけ言い、魔法を使おうと集中する。
(風魔法を使って上空から行けば最短ルートで……)
『お待ちください』
アイリスの集中が途切れる。
『……バレット』
相変わらず唐突に現れるアイリスの使い魔バレット。
『……バレットも止めるの?』
ユーリたち同様アイリスを止めようとしているのかとアイリスは少し身構える。
良くも悪くもアイリスの使い魔。危険なことや傷つくことに身を投じるアイリスを止めないわけではないのだ。
『とんでもございません』
バレットは姿勢を正す。
『お嬢様は昨日魔力酔いを起こしたばかりです。もしまた魔力酔いを起こせば空から落ちることになる。……そうなれば大けがどころではありません。お嬢様が望むのならそれ以外の方法を選んだ方が確実と申し上げたいのです』
『バレット……』
バレットはアイリスを止めない。ただアイリスの危険を少しでもなくそうとしているのだ。
(確かにバレットの言うように昨日のこともある。だったら跳躍魔法を強化させる!)
アイリスは手をパンと合わせ、魔力を解き放つ。
(人は全員避ける。その上で最短ルートを走る)
『それではわたくしはお嬢様のナビゲートですね』
『え?』
バレットは胸に手を当て畏まり、それでいて真剣な様子だ。
『お嬢様を助け、守ることがわたくしの役目。それにわたくしはお嬢様の使い魔。お嬢様の魔力の一端を使用できます。お嬢様ほどではありませんが、この程度は問題ないかと。ですから、感知及び道案内はお任せください』
『バレット……でもそんなこと貴女の負担に』
『その負担をお嬢様は一人で背負おうとしているのですよ。わたくしの役目、取らないでくださいな』
『……………………』
確かに超スピードで走る中、一人一人感知しながら避けるのはかなり大変だ。
『わたくしにお任せください』
珍しく真剣なバレット。
『……じゃあ頼むね』
『はい。必ずやご期待に応えて見せましょう』
『大袈裟だなあ。じゃあ……行くよ!』
アイリスは今度こそ跳躍魔法を強化させ飛び出す。
<お嬢様。前方から二名>
脳内に直接バレットの声が聞こえてくる。バレットとは主人と使い魔の関係だ。そこには繋がりがある。その繋がりを介して使い魔と意思疎通ができるのだ。
バレットの言う通り前方から女性が二名歩いて来ていたので、アイリスは瞬時にかわす。
<右から一名。次の路地は曲がらず真っ直ぐに>
<うん!>
バレットのナビでアイリスはフリードのもとへ辿り着いたのだった。
『うわ……はやっ』
ルイは目にも留まらない速さで走り去ったアイリスの向かった先に目を向ける。
『はあ……はあ……』
息を切らしたのはアイリスの使い魔バレット。
アイリスが無事フリードと合流したことを感知したバレットは集中を解き、滴る汗を拭っている。
『大丈夫ですか? ルイ、水を持ってきてください』
ユーリの指示でルイが屋敷に戻る。
『なんという無茶を……』
超スピードで移動している主人に合わせて早く、それでいて的確に感知していたのだ。かなりの精神力を使うことになる。
『その無茶をお嬢様はしようとしていたのです。しかしお嬢様は私がいなくても誰一人ぶつからず、迷わずフリード様まで辿り着けるでしょう。ただ、負担が大きいだけ』
バレットはルイから水を受け取り、一気に飲み干す。
『本当に……仕方のないお嬢様ですよ』
どこか優しい顔をしながらバレットは前を見つめた。




