74 枷
「さて……きっちり説明してもらおうか」
すでに気絶している男のもとへ歩み寄ろうとしているフリード。アイリスを庇うように前に立っている為、アイリスからはフリードがどんな表情をしているのか分からない。
「フリード…………フリード!」
なぜだか分からない。だが、アイリスは自分の声がフリードに届いていない気がした。アイリスは焦って目の前の男の名を繰り返し口にする。
そしてフリードはアイリスの声が届いたのかアイリスへ向き直り、アイリスの頬に手を添えると視線が交わる。
「怪我は?」
頬に手を添えられていることもあって視線を逸らすこともできない。
「ありません……助けてくれてありがとうございます……」
「……………………………………………………」
黙り込んでしまったフリードになぜか冷や汗が出るアイリス。
「ちゃんと約束通り怪我もしませんでしたし!」
空気を変えるように少し大袈裟に話すアイリス。
「俺が来なかったら危なかったと思うけど」
「それは……その通りですけど……一応奥の手の対抗手段が……」
「それは後からアイリスが後悔することだよな」
「…………」
アイリスはその言葉に反論ができない。フリードは今回アイリスが潜入する上でのサポートと別角度から潜入し、調査をすることが役目だった。
ちなみにフリードの言う通り、何かあった際の奥の手は用意していたが、アイリスの本意ではない。それは人を傷つけてしまうものだ。できればやりたくないことで、それをフリードに言い当てられてしまったのだった。
「フリード」
「なんだ?」
アイリスはフリードの顔を眺めながらずっと前から疑問に思っていたことを口にする。
「フリードは、私が怪我をするの……嫌なのですか?」
「……………………どう思う?」
本当に危ない時、フリードはいつもアイリスを守ってくれていた。その理由を聞いてもいつもはぐらかされてしまう。それでも聞かずにはいられない。
フリードは笑みを浮かべながらアイリスの頬を指で撫で、アイリスは少しくすぐったそうにしながらフリードを見上げる。
「嫌に……見えます」
「正解」
怪我をしてもそれは自己責任。フリードが痛くなるわけでもない。だからこそフリードの嫌がる理由がアイリスにはわからなかった。
「おそらく君以上に俺は君に怪我をしてほしくないと思っている」
「え?」
「可愛いアイリスに擦り傷の一つでもついたら最後、俺は君を傷つけた奴を殺すだろう」
「…………!」
冷たい声でアイリスではないどこか遠くを見るフリード。
「それは……駄目です」
どんな事情があったとしても人の命を奪ってはいけない。倫理的に考えてもやってはいけないことだ。
「君がどう思ったとしても関係ない。これは譲らないことだ。勿論、君自身にも言えることだ」
「え?」
「覚えておいて。君が自分自身を傷つけることも、俺は許さないから」
「……っ!」
冷たい声と眼差しがアイリスを貫く。そこにはどこか怒りのような、それでいて悲しみが混じったようなものを感じた。
「どうして……」
「……どうしてだと思う?」
どこか悲しそうに笑みを浮かべるフリードを見つめるが、アイリスには答えが分からない。
いつもだったらはぐらかしたりする癖に、今日は質問を質問で返される。
「今は分からなくていいさ。きっとすぐに分かる。隠しているつもりはないしな」
「?」
「俺が君を……」
言葉の途中で引き寄せられ、フリードの大きい掌がアイリスの両耳を覆う。さらに魔法を使われたのかアイリスは周りの音が全く聞こえなくなる。
「フリード?」
急に何も聞こえなくなりフリードの顔を見ようとするが、両耳を覆われ頭が固定されている為、フリードの顔が見られない。アイリスはフリードの服の裾を引っ張る。
「悪いな」
魔力の気配がなくなり聞こえてきた言葉は短い謝罪。そしてゆっくり手が離れていく。
「何を言っていたのですか?」
「さあ。相変わらずアイリスは可愛いなと」
「絶対嘘ですよね……」
フリードは笑みを浮かべる。どう見ても誤魔化そうとしているのだけは分かった。例え何度聞いたとしても、何を言ったのか教えてはくれないだろう。
「兄ちゃん、馬鹿じゃないか?」
サイラスが呆れたようにフリードを見る。フリードは楽しそうに言葉を紡ぐ。
「何か勘違いをしているようですが、俺は別に望んでいるわけではないのですよ。今はただ、刷り込ませているだけです。……今後彼女が自由に動く時、ひとりで傷つかないように。せめて、危険に飛び込む彼女の枷になるように」
「枷……? フリード、一体言っているのですか?」
アイリスはフリードの真意が分からない。
「さて。何だろうな」
「フリード……」
フリードはやはり何も言う気はないらしい。
「これは大きすぎる愛情だな……他人のために動く優しい女と、それを尊重して味方となり、体だけでなく心も守って彼女の幸福を願う男。嬢ちゃんは気がついていないみたいだが、気づいた時どうするんだろうな」
サイラスは静かに、それでいてどこか楽しそうに二人を見つめていた。




