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67 言葉の責任

 アイリスは音を立てないように夜道を歩いていた。


(今日も魔法の鍛錬はやっておかないとね。屋敷の場所は記憶したし、お世話になっている方のお名前も覚えたし迷うことはない。大丈夫)


 近くの森まで歩いたアイリスは人気がいないことを確認してから魔法の鍛錬を始める。しかしある程度の時間が経った後、アイリスは鍛錬を打ち切った。


(やっぱり気になる……)


 アイリスはサイラスがいるであろう小屋を遠くから見つめる。


(私……サイラスさんがいないって分かって安心した。いつもと違うユーリさんたちがサイラスさんに会ったら何をするか分からない……)


 今のユーリたちは普段通りに見えるが言動が少々過激だ。サイラス相手に穏便に対応する確信がない。


(何か起こる前にせめて話だけでも先に聞いておいた方がいい気がする)


 突然乱闘になるよりはずっといいと判断したアイリスは走り出す。


(でも無断でこんなこと……いいのかな……)


 本当にサイラスが極悪非道な人狼だったら一人で会いに行った手前一人で対処しなければならない。最悪事態が悪化する可能性もある。その場合はアイリスだけではなく、ここに住んでいる住民にも被害が出るのだ。

 アイリスは足がどんどん重くなる。


「お嬢様」


 感情がこもっていない声が突然後ろから聞こえる。


「バレット……どうしたの?」

「お嬢様こそ、こんな時間にどちらへ行かれるのですか?」


 アイリスはギクリとしながらも黙ってサイラスのいる丘の方角を見つめる。


「お嬢様は……迷っていらっしゃるのですか?」

「……………………」

「そう思いまして、連れて参りました!」

「……………………え?」


 バレットが指をパチンと弾くと一人の男が現れた。


「こちら、人狼のサイラス様でございます」

「……………………」

「……………………」


 アイリスと目の前の男、サイラスは目を瞬かせる。


「どうも、人狼のサイラスです……?」

「……………………」


 アイリスは開いた口が塞がらない。そして勢いよくバレットを見る。


「バ、バレット! もしかして誘拐……」

「滅相もございません。森に迷子がいるとお伝えした上で助けを求めました」

「流石にこんな時間に迷子がいるとまずいからな。探しに来たんだ」


 サイラスはバレットに続いて説明する。


「全部嘘でしかないじゃない!」


 アイリスの叫び声が響き渡る。


「しかし」


 バレットは手を胸の前に当てて真っ直ぐアイリスを見る。


「お会いになりたいご様子でしたので」

「……………………」


 アイリスは目を大きく開ける。そしてゆっくり息を吸い、吐いた。


「うん。会いたかった。でも……」

「お嬢様」


 バレットの声は終始穏やかだ。


「何に懸念を持っているかは存じておりませんが、お嬢様はお嬢様らしく自由に振る舞ってよろしいのですよ」

「バレット……」

「何か問題が起こっても、それはお嬢様がご自身の責任として対処にあたることができる方と、わたくしは存じております。また、実力もお持ちです………………悲しいことに」

「え?」


 最後の言葉は小さく、アイリスに届かず、アイリスは聞き直す。


「いいえ。ただ、お嬢様なら何でも対応できるという話なだけです」

「それは買い被りなんじゃないかな」

「いいえ。間違いなく事実でございます。仮に何かお嬢様の手に負えない事が起きたとしても、わたくしがお手伝いいたします。わたくしはお嬢様の守りであり、生活全般のサポートが役割なのですから」


 アイリスの使い魔であるバレットがアイリスの手を取る。

 

「バレット……ありがとう」


 アイリスもぎゅっと握り返すのだった。


「話はついたのかい?」

「あ、すみません」


 アイリスとバレットの話を静かに聞いていた人狼のサイラスが困ったように笑う。


「それで、おたくは?」

「初めまして。私はアイリス・セレスティアと申します」

「おう。俺は知っているだろうがサイラスだ。お嬢ちゃんは王立魔法学園から来たって聞いたけど」


 アイリスはバレットを見るとバレットは小さく頷いた。どうやら簡単な状況説明はしていたらしい。


「私……私たちはこのアルストレスタで起きている『呪い』を解呪する為にここへ来ました」

「………………」

「単刀直入に伺います。貴方はこの『呪い』に関与しているのですか?」

「……………………」


 サイラスはしばらく黙ってからアイリスを試すように見る。


「お嬢ちゃんは……どう思う」

「私はここへ事実の確認に来ただけです。そこに私の考えは必要ないと思います」

「なるほどな。じゃあこう言おうか。……お嬢ちゃんがどう思うか言わないと教えない」


 サイラスはどこか楽しそうだ。しかしそう言われてしまえばアイリスも何か意見しなければならない。


「……私は……貴方が関与しているとは思えません」


 真っ直ぐサイラスを見つめるアイリス。


「なぜ」

「その確証を得るためにここへ来ているんです。真実ではない可能性があることをここで言えません」

「なるほどな。お嬢ちゃんは直感が効くタイプか」

「?」

「言っとくが馬鹿にしているわけじゃないぞ。おそらくお嬢ちゃんがそう思うのには理由がある。辻褄の合ったものが」

「…………」

「しかし確証がないからこそ口にはしない。自分の言葉の責任をしっかり認識している奴は信用できる」

「え?」


 サイラスは雑に頭を掻いた後ニコッと笑う。


「いやー、お嬢ちゃんに俺の大切な奴のにおいがついていたからさ。そいつは誰かのそばに寄りたがらない奴だから珍しいなと思って試させてもらった。悪いな」

「いいえ。……大切な人……ソフィアさんですね」

「ああ、やっぱ知っていたか」


 サイラスとソフィアは親子であり、どちらも人狼だ。サイラスはアイリスが知っていることをどこかで悟っていたのか特に驚いた様子はない。


「俺は『呪い』に関与していない」

「そうですか」

「えっ! それだけ!?」


 アイリスの淡白な様子にサイラスは驚く。


「もっと何かないの!? 本当に? とか!」

「ないですけど……」

「なんで」

「だって貴方が『呪い』に関与するメリットは何一つないから」

「…………」

「騒ぎを起こして貴方にメリットはありますか? 貴方も気づいていますよね。町の人たちから悪者にされていることを」


 そんな目を向けられて自由に生活できるわけがない。


(人攫いだってここじゃなくてもできる。むしろ犯人扱いされているなら場所を移すべき)


 それでもここに居続ける理由は一つ。


「貴方がここにいるのは、ソフィアさんの為」

「ああ。娘には人狼じゃなくて人間として生きて欲しい。その為に人里に慣らしている。だから俺はここで見守っている」


 ソフィアはまだ幼い。その幼い女の子を一人で町に置いているのだ。心配にならないわけがない。


「アルストレスタではなく、別の場所を探そうとは思わないのですか?」


 場所を移した方がサイラスも動きやすい。それでもここにいるのには理由があるはずだ。


「この土地には狼化を抑える力があるからだ」

「狼化?」

「ああ。人狼は満月の夜、狼に外見が変化してしまう事がある。安定した成人なら満月の夜だろうが姿を保てるが、不安定な子どもはそうはいかないからな」

(つまり、ここに理由は土地っていうことなんだ……)


 そういう理由だったらこの場から離れられないだろう。全てはソフィアの為。


「サイラスさん、貴方を町の人が煙たがっています。それに町へ派遣されてきた魔法師が貴方を傷つけるかもしれないです」

「そうみたいだな。だが今まで魔法師が来ても大丈夫だったんだ。今回も問題ないだろう」

「それが恐らく問題ありだと思うんです」


 この任務はBランククラスの任務難易度設定で、それに見合った魔法師が対応にあたっていた。しかし今回はアイリスというCランクの魔法師がいるから回ってきた任務で、アイリス以外全員がAまたはSランクの魔法師だ。今までと同じように何事もなく彼らが帰るとは思えない。

 それでいて今フリード以外がまともではない状況。アイリスは嫌な予感に襲われる。


「いつもと同じだと思わない方がいいです。とりあえず家に帰ってしばらく家から出ない方がいいです。結界はすみません。私が解除してしまったので新たに結界を構築してください。あの結界は貴方の、人狼の血のみに反応して出入りができる結界でしょう?」

「えっ?」

「とりあえず今は………………っ! バレット!」

「はい。……サイラス様。こちらへ」


 アイリスはこちらに近づいてきている気配を感知して焦る。

 バレットはすぐにアイリスの言いたいことを察してサイラスの肩に触れると、みるみるサイラスとバレットの姿が薄くなっていく。アイリスは迫ってくる気配に対して二人を庇うように背を向けて前へ出る。


「結界って……なんだ?」

「え?」


 アイリスはサイラスの言葉に驚き振り返る。しかしそこには既に二人の姿はない。

 アイリスは息を吐いてこちらにゆっくり歩いてくる人間に向き直った。


「こんな時間にこんなところで、何やっているんだ?」

「……………………フリード」

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