66 生まれる選択肢
絶対安静を言い渡された翌日、アイリスは丘の上に続く道を歩いていた。とはいってもその道は少々険しく、まるで山を登っているようだ。
「すみません。本来なら貴女は今日も安静にした方が良いと思うのですが……」
ユーリは申し訳なさそうに後ろを歩くアイリスを振り返る。
「いえ、本当に元気なのでお気遣いなく……」
これ以上部屋にいたら退屈すぎて芋虫になってしまうと思っていたアイリスは部屋から出られてよかったと思っていた。
「まあ最悪結界くらい俺が壊すぞ!」
オーウェンがボキボキと指を鳴らす。
昨日フリードたちは丘の上にいる人狼を見に行ったらしいが、どうやら結界に阻まれたらしい。破壊することは容易いが、無理やり壊すことで何かトラップが発動する可能性もなくはない。破壊より解除できてしまえばリスクは少なく済む。
最初ユーリたちは力づくで結界を破壊しようとしたところをフリードが止めて、結界や防御魔法を解除できるアイリスを連れて再度訪れることにしたのだ。
そもそも結界や防御魔法を解除する魔法を使える者は少ない。解除魔法そのものが高度なのだ。各結界に応じて解除魔法は異なる。つまり、結界を分析した上でそれに適合する解除魔法を選び、時には組み合わせなければならないのだ。また、結界魔法が特殊で分析できない場合は解除することが難しい。
つまり、コストパフォーマンスが非常に悪いのだ。
「どうやら貴女の場合、手で触れることを条件として、分析後解除することができるようですね」
(皆できると思っていたけど、違うんだ……)
山にこもっていたせいでカール以外人間を知らないアイリス。改めて自分のいた世界がどれだけ小さいか実感させられたのだった。
「なんか緊張してきました……」
今ここで結界を解除できる可能性があるのはアイリスだけ。手が冷たくなってくる。
「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。何せこのチームには脳筋が三名いますから」
「脳筋…………三名……?」
一人はオーウェン。もう一人は恐らくフリード。何を根拠に脳筋と言っているのか分からないが、高威力の魔法は繰り出せるだろう。
「ユーリさん。まさか俺も入っているんですか」
ルイは脳筋扱いされ、不満な様子だ。
「当然です。貴方面倒になったら考えることを放棄して魔法で周りを更地にするでしょう」
「………………………………」
ルイは図星を突かれたようで黙り込んでしまう。
「まあそんなわけなので、肩の力を抜いて構いませんからね。いくらでも手段はあるのですから」
「はあ……」
笑顔で言うユーリに若干の恐怖を感じつつ、目を閉じ手を前に出し、結界に触れる。
(そっか。ひとりじゃなくて、複数いるから手段に様々な選択肢が生まれるんだ。私がこの寮に入ったから解除するっていう選択肢が生まれたように)
アイリスは納得した後、目の前の結界に集中する。
少しすると結界の紐が解けるように解除され、魔力の光が空中へキラキラと霧散する。
「すごい……」
「静かにしてください、オーウェン」
ユーリがオーウェンを諌める声が聞こえるが、アイリスの集中は途切れない。そして完全に結界を解除した後違和感を感じて目を開ける。アイリスは違和感を感じる方向へ目を向けて歩き出す。
「アイリスさん!?」
「ちょっと待っていてください!」
待たせてはいけないと思い小走りする。その違和感に向かって。
そして辿り着いたのは太い木の前。
太い木には何か紙のようなものが貼ってある。そしてその紙には血痕のようなものが付着している。
「これって……お札?」
目の前に貼られてあるお札に手を伸ばすが、横から伸びてきた手が先にお札へ触れ、べりっと木から剥がす。
「なるほど。これが結界の媒体か」
「フリード……それに皆さんも」
どうやらアイリスの後をすぐに全員で追ったらしい。
「ユーリ」
フリードがユーリに札を渡す。そして受け取ったユーリは札に手をかざす。
「三重に魔法がかかっていた痕跡があります。トラップ系の魔法も感知できます」
「お手柄じゃねえか!」
オーウェンが勢いよくアイリスの背中を嬉しそうに叩く。その力があまりにも強かったため、アイリスは「ぐへっ」と変な声をあげて地面に倒れてしまうのだった。
「アイリス、大丈夫ですか!?」
慌ててアイリスに手を差し伸べるユーリ。アイリスは地面に打った顔をさすり、「大丈夫です」と言いながら手に掴まった。
「オーウェン、あなたはいつも加減をしなさいと言っているでしょう」
「す……すみません!」
状況を忘れているのかユーリのお説教が始まってしまう。しかし誰も口を挟まない。口に出したら最後、矛先が自分に向くと分かっているからだ。怒っているユーリは怖い。
「!」
何かの気配を感じアイリスは西の方角を見る。
「どうかしたか」
それに気が付いたのはフリード。
「いいえ……なんでも……」
「…………」
(なんか今……見られているような気がしたけれど……気のせいだったかな?)
アイリスは何かの視線を感じたが、今はサイラスのいる丘にいる。何が起こるか分からない為、とりあえず頭を切り替える。
「そんなことよりも、フリード。本当にサイラスさんがいると思いますか?」
「アイリスはどう思う」
その表情はアイリスがどう答えるのか分かっているような表情だ。そしておそらくアイリスの出す答えに間違いはない。
「いないと思います。気配がない」
「そうだな。俺も同じ意見だ」
それから全員であたりを見て回ったが、誰もいない。人が一人ほど住める小屋があっただけだ。そしてその小屋は今も誰かが暮らしているような生活感のある小屋だった。
「順当に考えればお出かけ中ということなのでしょうか」
「だとすればここで待っていれば、必ずご対面できるってことか」
オーウェンはやる気に満ち溢れている。
「もう帰りたいんですけど」
温度差が激しいのはルイ。そのいつもの様子に苦笑いをこぼしながらもアイリスは考える。
(私……何かを見落としている気がする……何か……)
「お……おい!」
熟考のさなかにオーウェンの焦った声が聞こえ、我に返る。
魔鉱石の採掘場である山から呪いの霧が出ている。そしてそれが町の方向へ向かっていたのだった。
「大変!」
「二手に別れましょう。オーウェンとアイリスは先日の方法で霧を無効化してください。他は発生源の探索を!」
全員が頷き、散っていく。そしてアイリスはオーウェンと協力して霧の無効化に成功したのだった。
そしてその後探索していたフリードたちとも合流したが、霧の発生源を特定することはできず、収穫はなかったのだった。




