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50 相手を思いやる見守り方

「彼女がどこにいるか知りませんか?」


 寮の調理場からラウンジへ現れたユーリはくつろいでいたルイに声をかける。


「知りませんけど」


 ユーリの質問の意図を薄々察したルイ。嫌な予感がルイを襲い、面倒ごとに巻き込まれる前に早々にここから立ち去ろうとする。


「待ってください」

「…………」


 嫌々ながらに立ち止まるルイ。すごく嫌そうな顔をして眉間にしわを寄せているが、ユーリは全く気にせず話を続ける。


「いつもは夕食の手伝いに必ず来てくださるのですが、まだ来ないのです。どこにいるかご存知ですか?」


 アイリスはよくユーリの手伝いをしている。そのことは一体感が欠如しているメンバーが多い中、アイリスは共同生活において協力的で、ユーリにとってはアイリスへの好感度は高かった。


 また、ここ数日一緒に過ごしてアイリスが他のメンバーと違い真面目な性格だと分かったことや、昨日新しい料理を教えると言ったら嬉しそうにしていたこともあり、ユーリはとても心配しているのだった。


「何かあったのか」


 フリードがラウンジで話し込んでいる二人を見つけ声をかける。


「それが…………」


 ユーリが状況を説明している。その傍らでルイはもう部屋に帰りたいと切に思っているのだった。


「で? ルイは最後にどこで見たんだ」

「なんで俺に聞くんですか」

「同じクラスだろう」


 顔を顰めたルイは渋渋口を開く。


「教室にいましたよ。少し勉強してから帰るって言っていました」


 ルイの話でユーリは少し安心してため息をこぼす。


「それならよかったです。……変な迷子騒動に発展せず済みそうなので」


 アイリス本人は認めていないが、他人から見るとかなり方向音痴だ。それでもここ数日必死に道や建物を覚えようとアイリスは努力していた。その様子を見て、迷子は悪気があるわけではなく、本当に苦労していることを寮メンバー全員が察したのだ。

 ただ、最近は努力が実を結んだのか、学園内の大体の場所は迷わず行くことができていた。

 

 ルイは少し安心しているユーリと何を考えているのか分からないフリードを見る。


(この寮のメンバーはなんだかんだあの子に甘いんだよね)


 まずフリードは、他の人以上にアイリスに対して寛容だ。自分から人へ積極的に関わろうとしないフリードが彼女には積極的に関わろうとしている。そして毎回アイリスから邪険に扱われても、どこか楽しそうな様子を最初は誰しもが驚いて見ていたが、最近はそれも慣れてきたのだった。

 

 オーウェンは言わずもがな。女性だからということもあるのか挙動不審になりながらも彼女を心配している。

 

 ユーリも真面目な彼女を気に入っているようにルイには見えていた。そもそも常に他人の世話を焼いているような人だ。アイリスを見捨てる選択肢は持ち合わせていないのだろう。


「話は終わりましたよね。俺部屋に戻りますので」


 ようやく話がまとまったと思い、部屋に帰ろうとするルイ。


「待ってください。……教室の彼女の様子はどうですか?」

「……? どうって……普通ですけど」


 唐突なユーリの話に意図が掴めず眉間にしわを寄せるルイ。


「いえ……その…………少し反省をしていまして」

「反省……ですか」


 ユーリは申し訳なさそうな顔をしながらも頷く。


「彼女はずっと山で暮らしていて幼い頃の記憶をなくしていて……彼女は今まで何をしていたのかなと。個人的な事ですのであまり彼女には聞けずにいたことを……その……彼女に対する配慮を失念しておりまして。満足に勉強もできなかったのではないかと思いまして」


 ルイはユーリの言いたいことが理解できた。試験が近いこともあり、彼女に詰め寄った日のことをユーリは悔いていたのだ。今まで学校に通って一般教養や魔法を学んできた自分たちと違い、アイリスはずっと山にいたのだ。勉強はどうしていたのだろうと疑問に思うと同時に慣れない場所で必死に毎日を過ごすアイリスにプレッシャーをかけたのではないかとユーリは後悔していたようだ。


 初めて共に食事した朝だってスプーンやフォークの使い方に困惑していた。それでいて痩せている身体。自分たちが過ごしてきた生き方とは違う生き方を彼女はしていたのだ。

 

「……山にいるサルみたいな人ですよね。彼女」

「茶化さないでください」

「まあ」


 今まで聞く側へ徹していたフリードが少し大きな声を出したのでユーリとルイはフリードを見る。


「何にしろ、アイリスが今頑張っているのは事実だ。それを過去のことを持ち出されて気を使われるよりは何も気が付かないふりをして見守る方がきっとアイリスにとってはいいと思うけれど」


 二人は目を瞬かせる。フリードはアイリスがどうしたいか尊重して見守ると言ったのだ。それはアイリスを思いやり、大切にしているということが分かる言葉だった。


 ユーリは少し笑う。


「そういうところがありますよね。貴方」

「フリードさんがまともなこと言ってる」


 ユーリとルイは軽口をたたく。


「心外だな」

「はいはい」


 少しふざけた様子のフリードに対して、ユーリは適当にあしらう。フリードは「ただ……」と、声のトーンを落とす。


「それよりも心配なのはアイリスの体調のことだ」


 アイリスが急に意識を失ってしまうということの方がはるかに重大な問題だとフリードは言う。


「確かにそうですね…………でも身体に問題はないんですよね。急な生活環境の変化が影響しているのでしょうか…………」

「どうだろうな…………それでなくともそろそろ任務がまわってくる。できることなら無理はさせたくないんだが」


 魔法師は普段から人手不足だ。だからこそ体調関係なく近いうちに必ず任務をしないといけない時が来る。


「まあ今はアイリスが無理しないように見守るくらいしかできることはないけどな」


 フリードは踵を返してドアの方へ向かい、寮から出て行った。何をしに寮から出たのか残っている二人は察する。


「あの人にしては本当に珍しく過保護なんですね」

「そうだね」


 ルイは自室へ。ユーリは調理場へ足を進めるのだった。




***


(たしかここらへんだよね)


 参考資料がある書棚へ辿り着いたアイリスは目の前いっぱいに広がる本に驚愕する。


(たくさんあるな……)


 とりあえず一番手近な本を手に取り、パラパラとページを捲る。たくさん文字が書いてあり、頑張って読もうとするがなかなか頭に入ってこない。


(む、難しい…………!)


 本をパタリと閉じて静かに書棚へ戻し、今度は隣の本を手に取ろうと背表紙に触れようとした。

 

「その本よりその一段上の黒い背表紙の本の方がわかりやすい」

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