46 整理整頓はきちんとしましょう
アイリスは手近なオーウェンの部屋の前に立っていた。コンコンコンと軽くドアを叩くが何も応答がない。
(返事がなかったら部屋に入って起こせってユーリさんから言われているけど……)
さすがに部屋に入るのは躊躇われる。
もう一度ノックをするが、やはり応答はない。
「仕方ない。……オーウェンさん、入りますよ」
アイリスは勢いよく扉をあける。
「うわあ……」
部屋の中のあまりの散らかり具合に絶句する。周りには紙やら本やらが散乱している。しかしギリギリ足の踏み場らしき通り道のようなものがある。
そしてその道を辿ると迫力のあるいびきをかきながら呑気に寝ているオーウェンがいた。
「なんか……子どもみたい」
カールからは異性の部屋に入るのは危険と言われていたから恐る恐るだったが、なんだか拍子抜けしてしまうアイリス。
「朝ですよ!」
アイリスは窓のカーテンを勢いよくあける。カーテンという防御壁がなくなった今、日差しという攻撃が眠っているオーウェンに直撃する。
「うわああああ!」
オーウェンは日差しから逃げるように上掛けに包まる。往生際が悪い。
「オーウェンさん、朝ですよ」
ゆさゆさと揺するが、何か唸っているだけで起きようとしない。
「オーウェンさん!」
少し大きな声をあげる。
「んんんん……ユーリさん、もうちょっと寝かせてくださいよ」
「ユーリさんじゃなくてアイリスです!」
「ん? 何言ってるんですか? アイリスは……アイリス……アイリス!?」
いきなり目を開けたと思えば飛び起きるオーウェン。
「おはようございます」
「ああ、おはよう……ってなんでアイリスが!?」
オーウェンは起こしに来たのがユーリじゃないことに酷く動揺しているようだ。
「ユーリさんに頼まれて……」
「ああ、それでわざわざ……ってうわああああああ! 俺ったら淑女相手にこんな格好を……」
状況が理解できたのか朝から賑やかなオーウェン。
オーウェンが起床したということはアイリスがここにいる理由はない。目的達成だ。
「それでは私は部屋を出ますね」
アイリスは床に散らばっている紙や本を踏まないように下を向いてドアに向かって歩き出す。
「うわああああああ! 床は見ないでくれ!!!」
「え?」
いきなり叫ばれて反射的に振り向く。オーウェンは顔を赤く染めていた。
「えっと……」
「いや、その…………悪い! とりあえず適当に踏んでいいから下じゃなくて前向いて歩いて! ほら、危ないから。散らかしている俺が悪いし。なあ?」
「はあ」
珍しく早口になりながらも力説するオーウェン。とりあえず言われた通り前を向いてさっさと退散した方がよさそうだ。
それでも床に落ちているものは踏みたくなかったので前を向きながらも器用に床に落ちているものを避けて部屋から出るのだった。
アイリスはオーウェンの部屋から出て扉を閉める。
「あの本……なんだったんだろう……『女の子にモテモテ恋愛必勝法』……?」
アイリスはオーウェンから「見ないでくれ」と叫ばれて振り返った時、人のものだからと見ないようにした本のタイトルがうっかり視界に入ってしまったのだった。
「とりあえず、忘れよう」
気持ちの切り替えをして、アイリスは次なる標的の部屋へ足を進める。
目的の人の部屋まで来たアイリスはオーウェンと同様軽くノックをする。
しかしドアが開く気配は感じられなかった。
「フリード、フリード起きてますか?」
呼びかけてももう一度ドアをノックしても反応がない。
「入りますよ?」
オーウェンで部屋へ入ることに慣れたアイリスはゆっくりとドアを開ける。
視界に入ったフリードの部屋はカーテンが閉め切られているものの薄明かりがついている。
また、散らかっているということもなく綺麗に整頓されており、部屋の家具はシンプルだが品があり、フリードらしい部屋だった。
「すごい……」
そして目に入ったのは大きな本棚。タイトルまでは距離的に見えないが、大きな本棚にびっしり本が入っている。
(やっぱり油断ならないな……)
ふざけたように接してくることも多いが、魔法は勿論頭も回ることは分かっていた。それは努力していたからこそということも理解していた。
何もしていない人が優秀なわけがないのだ。例え本人がそれを努力と認めていないとしても。
物が散らかっていないこともあり、薄明かりを頼りにあっという間にフリードが寝ているであろう寝台の前に立つ。予想通りフリードは静かに上掛けをかぶっていた。オーウェンと違うのは寝相が良いということだろうか。
「フリード! 朝ですよ!」
声をかけても駄目な為、オーウェンと同じようにカーテンを勢いよく開けて声をかける。
それでも起きる気配はなかった。
「フリードってば……」
ゆさゆさと揺すってもフリードは起きない。
(あとはどんな起こし方をすればいいんだろう……)
持てる手を使い切ると妙に疲れてしまう。
(出来ることはやったしもういいかな)
アイリスは起こすことを諦めてドアに向かって歩き出す。しかしグイッと後ろから手首を掴まれて引っ張られてバランスを崩してしまう。
「うわっ!」
反射的に目をぎゅっと閉じて衝撃に備えるが、何かに支えられた為、痛みは全くなかった。
「フリード……」
フリードはイタズラが成功したような顔をしている。
後ろから引っ張られたせいで後ろから寝台へポスンと座り込んでしまうと同時にフリードに支えられたのだった。
「フリード、離してくだ……え?」
振り返ってフリードを見ると格好は既に制服のシャツ姿だ。
「揶揄われた……」
元から起きていたのだろう。ノックの音も気がついていたはずなのに無視したあげくさらに狸寝入りしていたのだ。
「もう……! 性格悪いです!」
バダバタと暴れるが、一向に離してもらう気配がない。
「ちょっと……!」
「まあまあ」
「何がまあまあなんですか……!」
身体に力をぐっと入れるが、フリードの腕の力が強くて抜け出せそうにない。
フリードの手がアイリスの額に乗せられる。
「熱は……ないみたいだな」
(私の熱を測って……?)
「あの、大丈夫ですよ?」
「君の大丈夫ほど信頼できないものはないからな」
本当に熱を測られただけですぐに拘束が緩まったのでそそくさと距離をとる。
「……朝食全部オーウェンさんに食べられても知りませんよ!」
「はいはい」
アイリスは怒りながら今度こそ部屋を出ようと歩き出す。
「………………あ…………れ?」
急に視界が遠くなりふわふわとした感覚に襲われるアイリス。しかしすぐに誰かの声が聞こえた。
「アイリス!」
「フリード…………」
アイリスはフリードの部屋のドアの前で彼に支えられて立っていた。
「やっぱり具合悪いか?」
「大丈夫……です……先行きますね」
アイリスは自身に突然起こったことへ困惑しながらも大丈夫だと笑顔を浮かべて部屋をでた。
「はやく対策を考えないといけないな……いるんだろう、そこに」
「…………」
「時間は稼いでおく」
「……よろしくお願いします」
響いたのはアイリスよりは低い女の声。
不審者ではなく、アイリスという主人を第一に考える使い魔の声だ。
そしてすぐに部屋からフリード以外の気配が消えたのだった。
(やっぱり私何か変なのかな……?)
小走りで朝食が並べられているラウンジへ急ぐアイリス。
(この前もいきなり意識が遠くなって……)
急に意識が遠くなる現象は最近数回起こっていた。




