フリードとアイリスの乗馬教室
「あ、フリード! よかった、ここにいてくださって!」
フリードは大体自室かラウンジで本を読んでいることが多い。
読んでいる本の種類も様々で、内容に興味があるアイリスだが、聞いたら最後「俺に興味があるんだ」とかにやけた顔をされ、面倒くさいことになりそうな為、深く聞かないことにしている。
「何かあったのか?」
「いえ、ただフリードに聞きたいことがありまして」
「へえ……とうとう俺に興味が」
「………………………………」
「……無言の否定ね。それで用件は?」
「フリードに乗馬のコツを教えていただきたくて」
「これまた唐突だな」
アイリスは乗馬の経験がない。
しかしクレア村の一件で、フリードが乗る馬に乗せてもらったことがあった。
(今後乗馬の機会が出てくるかもしれないからちゃんと乗れるようにした方がいいよね)
「俺としては今後も一緒に乗っていたいんだけど」
「? 何で一緒に乗りたいのですか?」
「……それは勿論アイリスを近くに感じられるからだよ」
「同じ寮ですし、比較的近くにいるのでは?」
「ははっ! アイリスらしい回答だな」
「私、変な回答していますか?」
「いいや。……いいよ。教えてあげる。ただしひとつ条件」
「?」
「次乗馬の機会があっても俺の乗る馬に乗って」
「え?」
馬に乗れるようになったなら一緒の馬に乗る必要はない。
(もしかしてフリードは万が一私が乗れない心配をしている……? もし乗れなくてもフリードの馬に乗ればいいから大丈夫だよってこと?)
フリードは何だかんだアイリスに対して紳士だ。だからこそ気遣いの言葉だとアイリスは理解する。
「心配しないでください! ちゃんと乗れるように頑張ります!」
「? あ、ああ」
アイリスの意気込みにフリードは目を瞬かせるのだった。
到着したのは学園の乗馬練習場。この王立魔法学園は乗馬を練習することもできる。
フリードは一頭の馬を連れてくる。
「可愛い馬ですね」
「馬に可愛いとかあるのか?」
「はい! 霊山で私がお世話になって乗っていたキメラとは違う可愛さです!」
「…………そういえばそんなことも言っていたな」
フリードは苦笑する。
「ちなみにキメラにはどうやって乗っていたんだ?」
「それが……気がついたらキメラに乗せられていて……」
「? どういう事だ?」
「クレア村で私が馬に乗せられたこと、覚えていますか? 多分私の『影』にいたと思うのですが」
「……………………ああ。なるほど……理解したよ」
クレア村でアイリスは足元を掬われるように馬に乗せられた。同じような現象がキメラで起こっていたのだ。
「うーん。多分だけれど、乗馬に俺の力はいらないと思う」
「何でですか?」
「きっとすぐ分かるよ」
フリードは曖昧な笑みを浮かべているが、せっかくなので色々教えてもらう事になった。
とりあえず馬に乗ろうとするといきなり視界が高くなり、すぐに優しく座らされた。どうやら馬に乗せられたようだ。
「あの……フリード? ひとりで乗る為の練習なので乗せてもらう必要はないのでは?」
「まずは馬に慣れることが大切だからね。少しずつだよ」
「は、はあ……って何でフリードも乗るのですか?」
クレア村同様アイリスを包み込むように後ろに乗るフリード。
「流石にいきなりひとりで乗せられないからな」
「…………」
それもそうかとアイリスは納得する。万が一があればアイリスだけではなく馬も危険に晒すのだ。
「さあ、手綱を掴んで」
「は、はい」
耳元で低いフリードの言葉が聞こえ、少し緊張してしまうアイリス。
「そんな緊張していたら上手くいくものも上手くいかないよ」
「はい……」
アイリスがぎゅっと手綱を掴んでいる手の上からフリードの手がアイリスの手を包む。
(何か近い! 落ち着かない!)
そういえば一緒に乗った際とても密着していたことを思い出し、改めてアイリスは原因不明なソワソワ感に襲われる。
「あの……フリード、落ち着かないので少し離れ……フリード?」
「ぷっ……くくく……」
フリードは笑いを抑えている。
「もしかして落ち着かない様子の私を見て楽しんでいますか?」
「いいや、そんなことはないさ」
「…………」
アイリスはじっとフリードを見つめる。フリードは「ごめんごめん」と少し笑って言った。
「あまりにも可愛いからつい」
「かっ……! 変なことを言わないでください!」
そんなやり取りをしている中、馬の大きな声と人の悲鳴が聞こえる。
「何!」
アイリスが悲鳴の聞こえた方向を見るとちょうど馬が人を振り落として暴れていたのだった。
「大変! フリード、この馬任せます!」
「は? アイリス!」
アイリスは華麗に馬を飛び降りるとそのまま暴れている馬の元へ向かう。
振り落とされた生徒は何とか馬から距離を取ったみたいだが、馬が暴れ続ければ他の生徒も危ないだろう。
「君! 何をしているんだ!」
飛び出したアイリスに他の生徒が声をかける。しかしアイリスは止まることなく暴れている馬の手綱を引っ張り落ち着かせようとしている。
「大丈夫。大丈夫だよ」
声をかけても馬は暴れ続ける。このままでは手綱を掴んで引っ張っているアイリスも振り落とされてしまう。
「……!」
アイリスは暴れている馬に乗り、しっかり手綱を握る。
「大丈夫。落ち着いて」
手綱を引きながらも穏やかな声で馬に言い聞かせる。それが届いたのか馬がゆっくり大人しくなる。
「よかった」
アイリスは飛び降りると馬の正面に立って馬を撫でる。
「大丈夫だよ」
馬はアイリスの顔に自分の顔を近づける。
「うん。何かに驚いちゃったのかな? でも、もう大丈夫だから」
馬は穏やかな様子のアイリスの足元へ身を屈め、アイリスの足を掬って自分の背に乗せてしまう。
「うわわわ! またこの展開ですか!」
慌てて手綱を掴むが、アイリスは以前より落ち着いていた。何度も足元を掬われ背に乗せられる経験をすれば流石に慣れてくるのだ。
そしてゆっくり馬は歩き出すのだった。
***
「ほら、やっぱり俺の力はいらなかっただろう」
何かあればすぐ助けられるように側にいたフリードは馬に乗っているアイリスを見ながら言う。
「大切なことは心を通わせること……か」
アイリスは落ち着いた様子で馬に寄り添った。そこに恐怖等の負の感情はない。だからこそ馬は落ち着きを取り戻したのだ。
また、フリードはアイリスが動物に懐かれやすいことを分かっていた。それはアイリスの穏やかで心優しい気質が要因だった。
「馬に妬く気はないけれど、やっぱりもう少し一緒に乗っていたかったな」
フリードの言葉は誰に届くわけでもなく消えていくのだった。




