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28 ご飯は幸せ

 共用のラウンジに着いた時には、ユーリたちが朝ご飯を食べていた。


「アイリスさんの食事も用意しましたので、よかったら食べてください。席はそちらですよ」


 言われた通り空いている席に座る。隣には先ほどよろしくしたくないと言っていたルイが静かに食事をとっていた。

 

「こちらがアイリスさんの食事ですよ」

「ありがとうございます」


 ユーリは丁寧に音を立てず料理をテーブルに置く。

 アイリスはお礼を言ったが、目の前にある食事に手をつけない。

 ユーリはアイリスが一向に食べ始めない様子を見て心配そうに声をかける。


「すみません。苦手なものでもありましたか?」

「いえ…………あの…………これは食べ物なんですか?」

「「「え?」」」


 男性陣の声が重なる。

 アイリスの目の前に置いてあるのはパンとスクランブルエッグ、そしてヨーグルトといった朝食だ。しかしアイリスはどれも初めて見た料理だった為、料理名すら分からず、食べ物かどうかも分からない。

 四人の驚いた様子を見てアイリスが慌てて付け足す。


「す、すみません。今までずっと山暮らしで、こういうものを食べたことがないんです」

「え…………生まれてずっと山だったのですか?」


 ユーリが不思議そうに聞いてきたので頷く。

 アイリスは自分が三年より前からの記憶がなく、ずっと山から出ずひとりで過ごしていたことを話した。


「だからその……外界の食べ物に疎いらしく……」


 モニカの家で食べた野菜スープは昔カールが作ってくれた料理と似ていた為、抵抗はなかった。しかし目の前の見たことのない食べ物にアイリスはつい狼狽えてしまう。

 

「記憶喪失ってやつか?」


 オーウェンが口にパンを頬張りながら聞く。


「多分…………?」


 今まで記憶がなくても普通に生きてきたので、改めて記憶喪失とか言われるとなんだか大ごとのように聞こえてしまうから不思議だ。

 

「苦労してるんだな…………! お前……!」


 パンくずを口のまわりにつけながらいきなり泣き出し始め、立ち上がろうとするオーウェンをユーリが止める。


「オーウェン。ちゃんと飲み込んでから話してください。あと、食べながら泣かないでください」

「は、はい」


 オーウェンはしゅんとしながらもぐもぐと咀嚼する。ユーリはオーウェンを見てからアイリスに視線を戻す。


「…………アイリスさん、デリケートなことかもしれないので答えたくなかったら構わないのですが、ずっとひとりだったとは……?」

「そのままの意味です。三年前、気がついた時には名前すら何もかも分からなくて……そんな時にふらりとやってきたカールという人に、魔法や生きるために必要な知識を教わって、ずっと山に籠って山にいる動物たちを守っていました。でも山から出ていないと言ってもカールがいた頃はカールが持ってきた魔法具が暴走して戦地に飛ばされてしまって、人身売買されかけたりしたので、ずっと山に籠っていたというわけではないんですよ」

「……人身売買」


 ユーリが驚いたような様子を見せ、周りの人たちも言葉を失いアイリスをただ見つめている。

 暗い話にならないよう、話の内容を選んで口に出したが、人身売買の話は失敗だったようだ。


 アイリス自身、人身売買といっても未遂で終わったこともあり、過去の出来事としてただ記憶にある程度のことだった。その為暗い話ではない認識だった。しかし周りの空気がひんやりとなってしまったことにすこし慌てる。


「あ、でも! 山から出た瞬間にだいぶ愉快かもしれないですけど使い魔にも巡りあいましたし! えっと、フリードや皆さんにも会えましたし! だから……その……」


 空気を紛らわせるように言葉を続けるが、あまり効果はないようだ。一人で慌てていると頭にポンとフリードの手がのせられる。


「これからだろう。例え今までひとりだったとしても、これからたくさんの人と出会うんだから」


 フリードの優しい声に場の空気が和らぐ。ユーリもやれやれといった様子になる。


「アイリスさんは今まではどんなものを食べていたんですか?」 

「薬草とか野菜……それと木の実を」

「お、俺生きていけない…………」


 オーウェンは顔を青くさせながらぼやく。


「アイリスさん、これはパンという小麦からできている食べ物で、このジャムをつけると甘くなります。この黄色いのはスクランブルエッグ。鶏の卵を使用し、調味料を混ぜて焼いたものです。ヨーグルトも勿論食べ物ですので、とりあえず召し上がってみてください」

「はい」


 ユーリの丁寧な解説を聞きながらまずは薦められたパンにジャムをつけ、一口食べる。


「………………………………!!!!!!!」


 硬直するアイリス。それを見て焦るユーリ。


「お口に合いませんか?」


 焦った様子のユーリとは別にアイリスはプルプルと震えながら頬を手で押さえる。

 

「いえ…………いえ…………こんなおいしいもの、食べたことありません!」

「え………………」

「この世にはこんなおいしいものが……」


 感動して少しはしゃいでしまうアイリス。美味しいと自分でしっかり自覚できる味だった。薬草や木の実ももちろん美味しいが、青臭いものも多く、手放しで美味しいと感じるものに出会うことは少なかったからだ。


「もちろん俺が食べさせてあげてもいいけど」


 パクパクと手が止まらないアイリスに頬杖をつきながらニヤニヤしているフリード。その様子にアイリスは悟る。


(ああ、そういう(たぐい)の人間か)

「ふっ」


 冷たい表情をしているはずなのになぜかフリードは楽しそうだ。こういう喜んでいる反応をしている為、フリードへの変人レッテルが貼られていくのだ。

 ちなみにユーリとルイは呆れた顔をしている。


 改めて食事を再開するがアイリスは自分の手元にあるスプーンやフォークを見る。今までの生活にスプーンやフォークはなく、使い方が分からないのだ。そのためこっそりと周りを見ながら使い方を真似して残りの朝食を平らげたのだった。

 その様子を見たオーウェンは「おまえ苦労してるんだな…………!」と泣きながらぺろりと完食するのだった。


 食べ終わった後は急いで部屋の鍵を閉め、出かける準備をする。


「じゃ、俺はお先に」


 ルイが鞄を持つが、ユーリが「待ってください」と声をかける。


「アイリスさんと同じクラスでしょう。彼女も連れて行ってあげてください」

「ああ、この子迷子で三週間遅刻した前科がありましたもんね」


 皮肉めいた顔でアイリスを見る。そして迷子の事実を話したことがないはずなのに知られていることに驚くアイリス。


「聞いていたからね。そもそもアンタ相当な方向音痴なんだね」


 馬鹿にするような表情をするルイ。


「うううう…………べ、別に迷ってなんかいません! 絶対三週間必要な距離だったはずです!」

「いや、どう考えてもルーナ村って三十分の距離でしょ」


 ルイの冷静な声が響き、あたりが一瞬静寂に包まれる。一方アイリスは自分が迷子だったことを認めたくはないのだ。


「と、とにかく! る……ルイさん? に御迷惑をおかけするわけにはいきません! 昨日ちゃんと地図もいただきましたし大丈夫です! 行ってきます!」


 鞄を持ち、部屋を飛び出した瞬間に後ろから引っ張られる。


「待って。どこいくつもり。そっち逆だけど」

「!?!?」


 後ろを向くとルイがアイリスの腕を掴んでいた。初っ端からやらかしてしまった事実に気が付く。


「ふっ」


 二人のやり取りを見守っていたフリードはクスクスと笑う。


「…………」


 満足に教室にも行くことができず途方に暮れる。

 どうしようかとアイリスは考えていたが、直後に大きなため息が聞こえた。


「はあ。同じ寮だし仕方ないから一緒に行ってあげる。あとで連帯責任とか言われても困るし。こっち」

「……! はい!」


 はぐれないようにルイの後に続いて歩き出す。

 そして背後からユーリの声が聞こえてきた。


「あ、そうそう二人とも、授業が終わったら今日は真っすぐ帰ってきてくださいね」


 ユーリの声に返事をしながらルイについて行くのだった。

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