27 愉快な使い魔
冷や汗が出そうなのを耐えながら四人を見つめる。
(早く覚えないと…………頭がグルグルしてきた…………)
今まで一人で生きてきたアイリス。そんなアイリスにとって急に関わる人と名前が増え、頭がパンク一歩手前状態になっている。
「お嬢様。おはようございます」
振り返ると使い魔のバレットがお辞儀をしていた。
「おはよう。………………なんでいるの?」
「え……アイリスさんが呼んだんじゃないのですか?」
ユーリが驚きながら聞く。しかしアイリスはなぜ驚いているのかよくわからないので、ありのままを伝えることにする。
「はい、呼んでいないです。バレット……また勝手に出てきて…………」
「お嬢様のご起床を手伝えるなんてなんて至福……!!!」
陶酔するような様子のバレットにアイリスはため息と同時に諦めを覚える。言って改善されたことがないからだ。
「相変わらず聞いていないんだね」
「ご心配なさらず。お嬢様の魔力ではなく、わたくしの魔力を使ってこちらにいますので」
「それは分かっているけれど…………」
「え」
アイリスたちのやり取りを聞いていたユーリは小さく声を漏らすが、すぐに黙って考え込んでいる様子だ。
(ユー……リさん……だっけ? さっきからどうしたんだろう)
「お嬢様。つかぬ事をお聞きしますが、お時間はよろしいのでしょうか?」
そういえば初登校時間を知らされていなかったことに気がつくアイリス。
「……………………今何時?」
「七時半でございます。」
バレットが時間を言った瞬間にユーリが部屋から飛び出す。
「大丈夫なんじゃないかな?」
アイリスは現状よくわかっていなかったため、適当に返す。
「駄目! 駄目だから! あと三十分だから!」
オーウェンも焦りだし、今度はユーリが荷物を抱えて部屋に戻ってきた。
「アイリスさん、制服はこちらです。これに着替えて共用部分に来てください」
ユーリはアイリスに制服を渡してからすぐに部屋を飛び出て行った。アイリスの手の中には新品の制服一式だ。これに着替えてアイリスの学園生活が始まる。少し嬉しくなりながらも先ほどから自分の使い魔の視線がひしひしと刺さっていることに気が付いてはいた。しかし敢えて何も知らないふりをすることにする。
「アイリス、俺たちは部屋を出るから早く着替えた方がいい」
フリードは使い魔の視線から逃げるように明後日の方向を向いて固まってしまっているアイリスに声をかけるが、アイリスはどうやって自分の使い魔を納得させるか必死に考えており、着替える様子はない。
「なんなら」
「?」
「俺が手伝ってもいいけど」
揶揄うように言うフリード適当にあしらおうとしたが、突然横からとてつもない熱気を感じることになる。
「んなななななな!!!」
どうやらこの熱気の犯人はオーウェンで、顔を真っ赤にしている。オーウェンは何かを言おうと口を開けては閉じ、体はブルブルと震え、表情は険しい。そして何より確実にこの部屋の温度が上がっている。
「はあ。フリードさん、やめてください。オーウェンさんの許容量が限界突破して魔法が暴発しています。ほら、早く行きますよ」
どうやらこの熱気はオーウェンの魔法によるものらしい。思い返せば最初に寮のドアを開けた瞬間に火属性の魔法が飛んできたこと、そして火魔法の使い手がオーウェンだということを思い出す。
一方ルイはユーリという常識人がいなくなって収拾がつかなくなりそうな雰囲気の中、面倒くさそうに仕方なく二人を引っ張って部屋を出たのだった。
「とにかく着替えようかな」
嵐のように去っていった人たちをドアごしに見ながら制服を広げる。そして隣にはバレットが同じく制服を見てからアイリスを無言で見つめる。
「駄目だからね」
「………………」
「気持ちは嬉しいけど…………制服は指定の物を着る決まりらしいから、作っちゃ駄目だよ」
「そんな…………お嬢様のお召し物は全てわたくしが作りたく…………!」
今着ている私服はバレットが作ったものだ。どうやら服飾作りが趣味なようで、頼んでいないのに作っては主人に着せたがる気質を持っていた。バレットから制服も作りたいと懇願されていたが、学園から配布されることや規則ということを知ったので、必要ないとアイリスは断ったのだった。
しかし当のバレットは納得いかない様子だ。
(うーん……そんなに作りたかったのかな……)
アイリスは服飾作りを頼んではいない。そもそもバレットにとって、作らなくてもいいということは、その分時間の余裕が生まれ、違うことに時間を割けるはずなのにどうやらバレットの様子からとてもショックを受けているらしい。
「せめてお着替えのお手伝いを!」
「大丈夫だよ」
「そんな!」
「そんなに難しい作りじゃないし、一人で着られるよ」
どうやらこの使い魔は世話焼きらしい。
があんと見せつけるように気落ちするバレット。なぜそこまで沈み込むのかアイリスはわからなかった。
「えっと……普通の服であれば今後もきっとお世話になるからその時はお洋服、よろしくね」
「はい! もちろんでございます!」
着替えではなく、私服製作を仄めかすと先ほどの落ち込み具合はどこにいったのか、顔を輝かせるバレット。
「では、お嬢様。いってらっしゃいませ」
バレットはきれいにお辞儀をした後、すぐに消えた。そしてアイリスは広げた制服を手に取り、カールからのふざけた手紙をポケットにしまった。
『ちゃんと止めてくれる人と関わること』
そう魔法文字で書かれていることをアイリス本人が気がつくことはなかった。
***
「あの様子だと前回の二の舞にはならなさそうですね。いい子そうですし」
「そうだな」
共用部分のキッチンで料理しているユーリと壁によりかかり、腕を組むフリード。
朝食独特の香ばしい香りがあたりを包む。
「さすがに真顔でスリーサイズを言い始めた時は驚きましたけど、まさかあの紙の裏面に魔法文字が書いてあったなんて」
ユーリは思い出す。魔法文字というのはその名の通り魔法で書かれた文字だ。通常の文字と違う点は、目に魔力を集中させなければ見えないということだ。
「それにどうやら彼女は相当強い魔法師なのかもしれませんね。使い魔の件といい、私の簡易結界も簡単に破っていたようですし」
フリードは黙ってユーリの話を聞く。
そもそも使い魔は主人の魔力を媒介にするため、一定水準以上の魔法能力が必要となる。また、使い魔というのは、主人に呼び出された時のみ出現することが基本だ。その際主人の魔力を必要とする為、主人の魔力なしに自由にでてくる使い魔など基本的にはあり得ない。
(使い魔が自分の意思で現れることは基本的にはないが、例外もある。主人の能力が高いか、使い魔の能力が高いか。それとも……)
ユーリは考え込むが、考えたところで正解が出ないこと、そして今後次第に分かるだろうと思い、思考を止めて目の前のお皿を手に取った。
「フリード、これ持っていってください」
「ああ」
ユーリは料理が盛られたお皿をフリードに渡すと、フリードはキッチンを出る。ユーリはそんな後ろ姿を眺めながらもさきほどから聞きたかったことを言うことにした。
「そういえばフリード」
「なんだ」
「あなた、いつからああいうキャラになったんですか?」
「…………………………」
フリードは黙り込む。ユーリが何を言いたいのかフリードは分かっていることだろう。
しかしフリードは怪しい笑みを浮かべるだけ。ユーリは小さくため息を吐いた。
「随分愉快になりましたね。あなたにああいう一面があったとは驚きました。まあ、私は別にどちらでも構いませんけど」
フリードは何も答えずお皿を持って歩き出す。
「………………さて、原因はやはりアイリスさんでしょうか。これからどうなるか楽しみですね」




