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19 寂しさって何?

 フリードに導かれるまま走り続け、人がいないことを確認した後ようやく足は止まり、手も離された。


「ごめんなさい……まさかこんなことになるとは」

「本当お人好しにもほどがあるな。……しかしまさか本当に群衆を落ち着かせることができるなんて驚いた」


 アイリスは観光客に何も言っていない。ただ歌を歌っただけ。


「感情は伝染するって昔言われましたので……だからどうやって伝えればいいのか考えた時、ふと浮かんだんです」


 混乱している中、意識を別の場所へ移す。それがアイリスの策だった。

 人の五感は重要だ。五感の一つである聴覚を通じて意識を逸らそうとアイリスは考えたのだ。それでいて淡い光を放ち、視覚にも影響を及ぼすことで落ち着きを取り戻させたのだ。


「それにタイミングよくランタンが上空に……あなたですよね、フリード」


 フリードは返事をしないもののアイリスにとって、それは確信的なものだった。


「だってあなたの魔力を感じましたから。影を使った……闇魔法の一種……ですか?」

「へえ」


 フリードのその態度からして間違いはない。何より今とても楽しそうな、それでいて不穏な気配を纏っていたからだ。


「あなたは昼間、私の影にいました。つまり影を使った移動ができるということ」

「あたり。よくわかったな」


 余裕のある表情でパチパチと手を叩く。

 夜でも影はできる。街灯や家の光、なにしろ今は収穫祭だ。暗い中でも明かりがあり、そこらにたくさんの影ができている。その影を利用したのだろう。

 おそらくアイリスが歌で気を引いているうちにチャーリーや後から着いてきていたクレアの村長たちからランタンを受け取り、魔法で各所へ転移させ、それを受け取った村の人々があげたのだろう。


「まあ、君が頑張っている中で一人突っ立って見てるだけなんて真似はしないさ」

「フリード…………」

「それにあんなのを見せられてしまったらな」

「…………………………………………」

「あ、そうだ。アイリス、あっちを見てごらん」


 フリードが指さした方角を見るとたくさんのランタンが空に上がっている様子が見えた。どうやらここは村全体を見渡せる高台の上のようだった。


「綺麗…………」

「そうだな。……そういえば、この光は何だろうな」

「うっ……!」


 舞い上がる淡い光を手で掬うフリード。アイリスは肝を冷やす。


(やばい……これ、古流魔法なのがばれちゃったかな……なんか加減間違えて今も舞い上がっちゃっているし……)


 アイリスは視線をフリードから逸らす。


「さ、さあ……自然現象的な? 異常気象……的な?」

「ふうん」


 どこか面白そうな声を出すフリードだが、どうやら問い詰められる気配はなくその返事でこの話を終わらせることができるようで、アイリスは安心する。


(この光のことを聞かれただけで、私が古流魔法を使う伝説の魔法使いであることを疑われたわけではないからセーフ! きっと大丈夫!)


 アイリスは改めて空を見る。


「でも、本当に綺麗」

「ああ」


 人々は先ほどの混乱がなかったかのように笑顔で溢れている。アイリスも自然と笑顔になる。


「あの、フリード……っ……!」


 フリードを見るとすぐに目が合う。

 フリードも夜空を照らすランタンを見ていると思ったが、まるでずっと目を輝かせて子どものように夜空を見つめているアイリスを見ていたような、そんな感じがしたのだった。

 そんな様子になんとなく恥ずかしくなり、一つ咳払いをする。


「フリード……お役目は終わりましたか?」

「…………」


 フリードは黙ってアイリスを見る。

 アイリスは話を続けることにした。


「あなたは魔法師団の一人だったんですね。今日来ていた魔法師団の人と面識がありそうな雰囲気でしたし、メイソンさんのやっていたことも知っていた。……何よりあなたは収穫祭に参加することや良心だけの慈善事業を進んでやるタイプじゃないでしょう?」


 短い時間ながらアイリスはなんとなく彼を理解していた。


「私と出会ったことが偶然の暇つぶしだとしても、暇つぶしだけでここまで助けてくれるわけがない」

「…………」

「何より私の側にいることであなたへのメリットはないですし。女性避けはよくわかりませんが……」

「……………………」


 今まで黙っていたフリードは小さく息を吐く。


「さすがアイリス。半分正解で半分不正解だ」

(半分不正解なのにさすが……?)

「ただ、役目が無くとも、俺は結構君を気に入っているよ」

「そう……ですか……」


 ふと穏やかに笑ったフリードになんともいえない気持ちになって下を向く。ふざけていない本心の様子に喜んだらいいのか、変な人に付き纏われて悲しんだらいいのか分からなかったからだ。


「離れたくないと思うくらいには」

 

 声を近くに感じて上を向くと、先ほどより近くにフリードが立っており、優しい表情でアイリスを見ていた。


(なんか近い…………!)


 アイリスは驚いて一歩ニ歩後ろに下がった。


「あ」


 フリードはふと高台から見下ろし、声を上げる。アイリスもつられて下を見る。


「あそこ」


 フリードは村の出入り口を指差す。


「あ!」


 そこには魔法師団の男と一緒にいるメイソンとモニカ。モニカは涙を浮かべ、口元を手で覆っている。メイソンは自分の母にどう声をかければいいのか分からず、気まずそうに下を向いている。

 そんなメイソンの様子を見たモニカはメイソンのもとへ走る。そしてメイソンを抱きしめ、涙を流す。メイソンも大粒の涙を流していた。


 アイリスたちの位置からは二人が何を言っているか分からなかったが、それでも数年ぶりの親子の再会が無事にできたことに安堵する。


「よかった……!」


 これでモニカの時間も進んでいくだろう。真実に悲しみ驚くだろうが寂しい顔は少なくなるとアイリスは考える。アイリスにとっては昔のモニカを知らないが、少しでも幸せな顔をするのならそれがいいと思った。


(私にもお母さんとお父さんがいるのかな……?)


 アイリスには三年より前の記憶がない。その為両親の顔も声も知らなかった。さすがに生き物だから親はいるだろうがその程度の認識だった為、今まであまり気に留めていなかった。


(親子の愛情…………か………………それって一体どういうものなんだろう…………)


 ふとそんなことを考えて高台の手すりを見つめる。


「…………アイリス。触れていいか?」

「え?」


 急に声をかけられたと思ったらフリードの大きな手がアイリスの頭にのせてぐしゃぐしゃと撫でる。


「まだ何も返事はしていないですよ!」

「んー?」


 聞こえているはずなのに聞こえていないふりをして頭を撫でるフリード。

 頭がぐしゃぐしゃになるが不思議と嫌ではなかったこと、そして何を言ってもやめないような気がした為、あきらめて大人しく撫でられていた。


「私、毛玉星人になっちゃいます」

「悪い悪い」


 ぐしゃぐしゃに撫でていた手が優しく髪を整えるように梳く。それがやけにくすぐったい。

 抗議しようと顔をあげたら優しい目をしていて言葉を詰まらせてしまう。

 フリードはアイリスの横髪を丁寧に耳へかける。


「そんな顔しなくても人はひとりじゃ生きられないんだ。これからきっと寂しいなんて思う暇はなくなると思うぞ」

「そんな顔?」


 ぺたぺたと自分の顔を触るアイリス。しかし触ったところで当然自分がどのような顔をしているかなんてわかるわけがない。


「寂しいって……そんな顔」

「これが……寂しい……」


 自分の胸に手を当てる。


(そういえばカールが山からいなくなった時もこんな胸が詰まるような……そんな感じだったな)


 カールが突然山からいなくなってしまった時もいきなり世界が静かになってしまい、たとえ駄目の見本のような男だったが心に虚しさを感じていた。


「まあ何よりこの俺が一緒にいてやるしな」

「この村限りでおさらばですけどね」

「相変わらずバッサリだな……」


 笑顔で適当にあしらったが、本当は一緒にいてとても楽しかったし感謝もしていた。しかしそんなことは本人には言わない。言ったが最後、恋人ごっこ関係の対応に困ることを言われそうだったからだ。


「フリード、そういえば」

「?」


 視界に大きく浮かび上がるランタンを見て思い出す。


「この収穫祭のランタンは来年の恵みと明るい未来をを祈り、それを神様へ届けるためにランタンを飛ばすみたいですよ」

 

 モニカとの約束。誰か一人にでもこの収穫祭の本来の歴史を伝えることを思い出したのだった。

 

「神様……ね……」


 フリードは不気味な笑みを浮かべ、アイリスから視線を外す。


「あ。もしかして神様を信じていないのですか?」

「いやいや。アイリスの言うことだから信じるさ」

(嘘ばっかり……)


 明らかに信じていないフリード。むしろ馬鹿にしているようにも見える。

 そもそも性格的にも神を信じるような人間でもないだろう。


「私も、同じですよ」

「……」

「神様なんて……信じていません」

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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