14 見過ごせない
背後から聞き覚えのある低い声と共に目の前には大きな黒い魔法の壁。
それはアイリスたちを守ると同時に襲い掛かった火を吸収した。
「フリード……」
振り返るとそこにはモニカの家に置いてきたフリードがいた。
「本当は手を出さずにこっそり見ているだけにしようと思ったんだけどな。……今のは見過ごせない」
四大元素魔法は、無属性とは比にならないレベルの攻撃力を持つ。更に四大元素の中では火属性が一番攻撃力が高いとされている属性だ。
現代の魔法師のほとんどは無属性魔法しか使えず、四代元素魔法は使える魔法師が僅かしか存在しない高位魔法だ。
実際アイリスの防御魔法は限界寸前だった。しかしそんな威力の強い魔法をフリードの魔法がすべて吸収したのだ。
「ありがとうございます……」
アイリスはお礼を言うとフリードは「ん」とだけ言い、アイリスの隣に並ぶ。
「影から人が! ひいい!」
後ろからチャーリーの怯える声が聞こえる。
(やっぱりだ)
火魔法を受け止める直前感じたもう一つの魔力。
(ずっとフリードは私の『影』の中にいたんだ)
夕方になり、伸びている自分の影を見る。
(そして今の防御魔法……ただの基礎防御魔法じゃなかった。魔法の吸収……それは)
フリードを見上げる。
「高位属性魔法……闇魔法…………」
フリードはにやりと笑った。
「怖いだろう?」
笑顔でアイリスに聞くフリード。
闇魔法は世間では良いイメージの魔法ではない。
その本質は魔力の吸収だけではない。人々が恐れる魔法効果は、生き物の精神に干渉し、操ることができることだ。また、相手を呪う魔法を使うこともできるとされている。呪いに関する魔法は光魔法以外解除の術がなく、相手を継続的に苦しめることが可能だ。
闇属性魔法はアイリスにとって初めて見る魔法だ。だからこそフリードに対して自分の素直な言葉を口にする。
「分からないです。どういうことが怖いのか」
ずっと山で孤独に生きてきたアイリス。
何に恐怖することなくひとりで生きてきたため、恐怖が分からないのだ。
「でもやっぱり、どんな魔法でも使い手次第ですね」
結局どんな強力な魔法も使い方次第、使う術者次第なのだ。
人を恐怖させる魔法であっても、人を助けることができる。
そう思ったアイリスはフリードを見上げる。
フリードは目をパチパチ瞬かせると「はははっ」と笑った。
「そう」
フリードはアイリスの頭に手を伸ばして髪を一房掬うと指で軽く髪を撫でる。
「フリード?」
フリードの行動の意味が分からず自分の髪の色もあり不安と困惑を交えて見上げると、飄々とした表情の中でアイリスを優しく見つめる視線にぶつかり、何となく慌ててしまい下を向く。そしてすぐにフリードの手は離れて行った。
「さて」
フリードは前を見る。そこには山賊の頭が顔を真っ青にさせていた。
どうやらフリードの魔法属性を理解したらしい。
「この!」
山賊の頭はフリードを睨みつけながらありったけの魔力で先ほどの比ではない大きさの火の渦を形成させる。
(いくらフリードが闇魔法で吸収できるって言ってもこれは無傷とはいかないんじゃ……)
どんな魔法にも限度がある。魔法が強ければ強いほど吸収は難しい。
魔法は無敵ではないのだ。
「天候魔法・雨!」
山賊の頭の死角から大きな魔法を唱える声が聞こえる。
それと同時に山賊の頭の頭上に小さな雲ができ、雲から大量の雨が襲い掛かるのだった。
「な、なんだ!」
火は水に弱い。
魔力の乱れと属性相性により、大きな火の渦は消えてしまう。
「なっ!」
山賊の頭は驚く。
「メイソン……お前…………俺を裏切るのか!」
山賊の頭は声が聞こえた方向を向く。そこには一人の少年が立っていた。
「裏切る? 何を言っているんだ。勘違いするな。最初からあんたたちの味方じゃない」
山賊の頭が剣を抜いてメイソンに襲い掛かる。
「危ない!」
アイリスの立ち位置的にも走って追いつく距離ではない。
「メイソン!」
後ろで座りこんでしまっているチャーリーが叫ぶ。
それと同時に山賊の男の足元へ魔力の縄のようなものが現れ、両足をまとめあげてしまう。
山賊の頭はバランスを崩し、前へ倒れこみ、拘束を破ろうとじたばたと抗っている。
その様子を見たフリードはゆっくり手を前にかざすと地面に倒れた山賊の頭は動かなくなってしまった。
(今のは闇魔法で……眠らせた……?)
「これでいいんだろう?」
この言葉で思い出すのはモニカの家での出来事。
アイリスがモニカの家から飛び出す際のフリードとの出来事だ。
***
「だってあなた………………魔法師でしょう?」
フリードは一瞬目を開く。この男は魔力の気配を魔法が使えない一般人レベルまで下げて隠していたのだ。おそらく意図的に。
「へえ」
「それもかなり強い」
楽しそうにアイリスを見るフリード。
(この人が相当強い……いや、私よりもかなり強い魔法の使い手であることは分かっていた)
普通のどこかにいる変態……親切な変な人のように見えていたが、にじみ出ている絶大な魔力に初対面の時から気が付いてはいた。
しかし短い時間だが一緒にいて、絶大な魔力を持っていると察してもアイリスは警戒しなかった。悪人には見えなかったからだ。
しかし強い魔法を使う人間には一定の懸念を持っていた。
(使い手によっては相手の命すら奪ってしまう)
自分自身の魔法でも相手の命を奪ってしまいかねない。だからこそ対抗手段は魔法を使わない加減をした上での背負い投げだった。
しかし魔法師が全員アイリスのように相手へ加減をするとは限らない。強い魔法師は容易く相手の命を奪えるのだから。
「強いって君が言うのなら役に立つと思うよ。俺は」
「だからこそ、です。魔法は人を傷つけることが容易ですから…………なので、ここにいてくださいね!」
アイリスはドアノブを掴んで外に出たのだった。
アイリスが家から出てフリードはため息を吐いた。
「本当に……」
一人言葉をこぼす。
「フリード?」
モニカはフリードを見る。
フリードは指先をパチンと鳴らすと身体が闇に溶け、その場から姿を消した。
***
フリードはアイリスの懸念を理解しているようだった。だからこそアイリスの望む通り、山賊の頭を傷つけることなく戦闘不能にしたのだった。
「フリード……この人ずっと寝てる……とか……ないですよね?」
恐る恐るフリードを見る。
いくら外傷はないと言ってもこのまま一生眠ったままというのはよろしくない。かなり。
しかしアイリスの見立てではフリードはやろうと思えばきっとそれができてしまうと考えていた。
「最初はそうしようとかとも思ったんだけど…………二、三日で目を覚ます」
「よかった…………」
フリードの言葉にアイリスは安心する。
一方チャーリーは山賊の頭が倒れていることを確認している少年に目を向けていた。
「お前……生きていたのか…………メイソン」




