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発端

論功行賞を終えた後、ライナはサイ国の図書館を訪れていた。

カイ国の王に褒美として授かった「カイ国、サイ国双方の蔵書無制限に読み放題カード」の使用が目的だ。


「やっと戦いも終わったし、これでようやく研究に集中できるわ。まず何から読もうかしら。やっぱりリオ先生が書いた『罠魔法感知・極』は定番よね。でもでも他にも……。うわー、迷っちゃう!」


戦いに明け暮れた一年半、ライナは趣味兼仕事でもある読書をろくにすることができなかった。激戦が終わりようやく訪れた平穏な日々に彼女のテンションはこれまでにないほど上がっていた。


サイ国は、カイ国に次ぐ人口を誇る大国であり、ライナが訪れている図書館は古今東西あらゆる学者、魔導士たちの知恵の結晶が360度敷き詰められている。カイ国と比べ、身分の違いによる待遇の差が緩いため平民でも才能のある者が思想や技術を出版しやすく、蔵書の質・量ともにカイ国の図書館を上回っていることからカイ国出身であるライナにとってサイ国の図書館は新鮮で、知的好奇心をくすぐられる刺激的な空間であった。

良くも悪くも定型化されたカイ国の蔵書よりサイ国の本は既成観念に囚われない斬新な本が多く、ライナの興味を惹きつける。入念な確認を経て出版されるカイ国の本と比べ情報の精査が粗削りな本がままあるのが難点ではあったが、知識人のライナにとってはそれすらも研究心をくすぐられる材料だった。



「ここら辺が感知魔法関連か。本が多すぎるっていうのも困りものね。探し物を見つけるのに時間がかかっちゃう。まぁ私があれやこれや優柔不断に迷っているのが原因なんだけど……」


ライナは数ある魔法の中でも感知魔法を得意とする魔導士だ。様々なコーナーを回ったライナだったが、あくまでウインドウショッピングに留め、今回借りる本は感知魔法関連にすることは事前に決めていた事項だった。

感知魔法だけでも3桁はあるであろう、ぎっしりと敷き詰められた本棚の中から1冊ずつ真剣に吟味していたライナだったが、中でもある一冊の本が目に留まった。


「何これ。『転移魔法のすべて』?転移魔法なんて危険なもの今の時代に実用する人がいる訳ないじゃない。しかもこれ書いたのリオ先生だ。あんなに著名で聡明な先生が何でこんな非実用的な本を出版したんだろう」


リオとは名前もないほどの小国で生まれた平民でありながら、たぐいまれなる魔法の才能だけで近代魔法の革命家として大陸中に名を知らしめた屈指の天才だ。年齢を重ねているため、魔王との戦いには参加しなかったが、勇者たちが子どもの頃、教師として彼らの才能を開花させた。彼女は大陸きっての合理的な人物であり、転移魔法のような使用が禁じられている利便性の低い魔法を研究するような人物ではないとライナは見受けていた。それなのになぜ転移魔法の本を出版しているのか。そしてなぜ感知魔法本の中に紛れるような形で設けられているのか。不思議に思ったライナは疑問解消のヒントを得るため、いくつかの感知魔法関連本とともに件の本を借りた。


英雄と持て囃す子供たちや住民に手を振りつつ、宿泊予定の宿屋に到着したライナはまず『転移魔法のすべて』を取り出し埃がついている表紙を開いた。


【転移魔法とは、皆さんご存じの通りすべての国家が禁止している禁術中の禁術です。異世界から人間を転移させる魔法は、私たちと違う世界の生態系を破壊するだけでなく、私たちが住むこの国をも脅かす危険な魔法。そのため、もれなく全ての国がその使用を禁じており、発見された場合召喚者は死刑。召喚させられた異世界人は問答無用で永遠に牢の中に閉じ込められます。元の世界に戻すためにはもう一度転移魔法を掛けなければならないため、彼ら彼女らには一生この世界にいることを強制しなければなりませんし、私たちの世界と別体系の者を自由の身にさせるのは危険がすぎるため禁止されています。同時に転生魔法ももちろん禁止されていることは周知の事実でしょう。

さて、なぜ私が転移魔法の本を出版しようと思ったのか。それはこの危険な魔法の恐ろしさを世に啓蒙するためでも、転移魔法は実は良い魔法であると学説を覆すためでも、ましてや私自身が実は転移魔法を使用したマッドサイエンティストという訳でもありません。動機は遺作です。私の人生は戦いの連続でした。身分が原因で苦しい差別を強いられた私は実用的な魔法の戦術だけを効率的に研究してきました。ですが、革命家として崇められ年を重ねた今、合理的なだけでない且つ誰も触れようとしない魔法を調べてみたかった。そこで思い至ったのがこの禁術です。この本は転移魔法の使用を推奨する目的で書かれてはいません。生かすも殺すも読者次第です。それでは、解説を始めます。】


それからは、転移魔法に関する知識が網羅的に記載されていた。魔法陣の特徴、見分け方、術者への負担、後遺症、被術者への影響等々だ。これまで暗黙の下タブーとされていた転移魔法の詳細をこれほど丁寧に紐解いている事実にライナは驚愕し、ページをめくる手が止まらなかった。気付いた頃には本を最後まで読み終えたライナは形容しがたい感情を嘆息でほぐし、頭の中でぼんやり考えた。


(転移魔法の本を出版した理由は分かった。感知魔法の中に置かれていた理由は目立たないようにするためでしょう。この本の内容は型破りなリオ先生著作の中でも随一の問題作。話題になったら自分だけでなく周囲にも危険が及ぶかもしれない。でも……)


ライナは自身の中にある疑問点を振り返った。


(ページを読むたびに募った疑念。リオ先生は、転移魔法の使用に関係しているのではないか。もしかして、今この世界には誰かが転移されている?そしてリオ先生はそれを隠している?)


本には、転移魔法が最近使用されたなどという内容は記載されていなかった。ただ、同じ魔法の研究者としてライナは活字の中に潜むリオの意思を読み取った。もっとも、リオが転移魔法の術者本人であるという推測は今のライナはしなかったが、それは「転移魔法を使用した訳ではない」とリオ自身が明確に主張しており、彼女は隠し事はしても嘘はつかないという経験則に基づく根拠によらない推理であった。

ともかく、何かしらの疑念を感じ取ったライナは夜興奮する脳を押さえつけて眠りにつき、翌朝ヒントを探るためサイ国の都市を回る目的で宿屋を立った。

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