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趣味と自意識

作者: 芳田

 何が好きかわからないまま、今まで生きてしまったという感がある。好物だとか、色だとか、そういう類のお気に入りはある。けれども、どれを取ったって、無くてはならないものではない。だから、趣味は何かと問われると私は閉口する。人より映画は見るかもしれない。旅へ出ることだって多い。しかし、それは情熱をかけているというよりは惰性で、生活だ。


 趣味とは何か。辞書で意味を調べれば『専門としてではなく、楽しみとして愛好する事柄』と出てきた。全く持ってそのとおり、ごもっともといったところだ。けれども、昨今で言う趣味とはもはやそのような意味だけではないように思える。

 何かを好むということに、情熱が宿っていて欲しい。敬意と言い換えてもいい。好きなものには敬意を持って向き合いたい。故に情熱を求む。逆説的に、情熱を持てないものをして、好んでいると言うのは許されない。


 そう言い切ったところで白状するが、映画も旅行も好きだ。だが、日々の生活で手一杯な私は、それらに情熱を捧げられるほどの精神力がどこにも存在しない。敬意を表する気力さえない。故に趣味ではないということにして、適当な態度でそれと対峙している。

楽をしたいだけなのか、真面目が一周回ってしまったのか、自分でもよくわからない。とにかくそういう具合なので好きなものを聞かれても答えられず、曖昧に笑うことしかできない。


 本当なら、そんなまどろっこしいことは考えずに好きなものはこれであると、堂々宣言すればよろしい。しかしそうなると、それらを本当に愛している方々が善意で声をかけてくれるのだ。これが、まずい。

 彼らは同好の士を見つけると、嬉々として駆け寄ってくる。だが、私は参入したてのひよっこで、彼らの常識がこれっぽっちもわからない。彼らは親切なので常識をあれこれと教えてくれるのだが、このあたりで私の心はすっかり折れてしまうのだ。自分で言うのもなんだが、性根が生真面目であるのでそれらをなんとか会得しようと努力してしまう。けれども、同じくらい怠け者でもあるので努力というのが苦手で大嫌いなのだ。結果、義務になってしまった常識の学習が嫌になって、そっと彼らから身を離す。

 あるいは、好きであると言葉にするのも憚られるほどに、知識も経験も浅すぎると絶望し、もっと真剣に取り組んでいる人々のために、やはり身を離す。


 いつも、その繰り返しである。だから私は、誰にも言わず、ひけらかすでもなく、誰にも見られない場所で、好きな(のであろう)物を、ひっそりと、しかし存分に愛でている。


 けれど、そうなるとはじめより話が変わってくる。好きなものはある。あった。だが、自分よりもそれを好きな人間は大勢いて、それと比べた自分の好意というものの浅さに嫌気がさす。結果、愛しているはずのものを汚してしまっている気分になってしまって、故に好きではないと宣い、のたうちまわっている。


 滑稽だ。哀れでもある。これらに対する解決法は一つだけある。自意識過剰をやめることだ。


 お前が他人を気にしていないように、他人もそこまでお前を気にしてはいない。気にしていたとして、それはお前の手に負えるものではない。

知識も同様である。お前が見て絶望している上の人間は、その異常な情熱が故に可視化された特異な人間に過ぎない。世の大多数は、それらをどこにひけらかすでもなく、士を募るわけでもなく、一人で、あるいはごく少数の友人たちと密やかに楽しんでいるのだ。今のお前のように。


 だから、無理に変わらなくても良い。努力せずとも良いのだ。趣味とはただ楽しめばそれで良い。

 ただそれだけで、お前の好む物は報われている。


 そう、信じることにした。


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