9.氷と風の魔法使いニアとの模擬戦
翌日はファイア・アローの発動に慣れるため発動しては気絶を繰り返した。3回ほどやってからはもう数えていない。
そんな練習からさらに2日経過した。
「次は風を使いながら氷も使うから頑張って」
「いや、頑張ってってお前なぁ……ちなみにどれくらいの速度でやるんだ?」
おもむろに未だに聳えている氷柱に右手を向けた。
「これくらい」
右手の上あたりに細長い氷の弾が出来てすぐに時計回りに回転しながら射出された。
射出前に風で覆われたように見えたのは気のせい……でいてほしい。
「は、速くないか!?」
「そう……?」
こっちを見て首を傾げるニアの目は期待してるといった感じがした。
思うんだが……俺に向ける期待が高くないか?
笑えそうにもないからか口の端が引き攣る感覚を覚えながらなんとかして期待に応えなきゃなるまい。
「…………やってやんよ」
「ん。期待してる」
そう強気で意気込むしかなく、氷柱に向かって歩く。氷柱はどうやら風で覆っているようである程度近づいた時にこれ以上は近づけなかった。
回避の仕方も考えなきゃだな。
じっと氷柱を見ながらそう思案する。
手を伸ばしてもある程度の距離で止まった。
他は……氷柱の周りは通れる。けれど氷柱自体には近づけない。こんな認識で良いだろう。
確認を終えた後ニアの方を見る。剣を抜いて力を抜きながら構える。左右どちらにも移動できるように。
「行くよオーロン」
「……あぁ。来い!」
最初の模擬戦でタネは割れているからかニアは翡翠色の目を輝かせながら右手を横へと薙いだ。5本くらいだろう。氷の弾が出来ていた。
こう見ると“魔法”ってほんとに……すごいな。
俺はまだ詠唱なしでは発動できないのに……こんなにも遠いんだな。
「……っ! っぶな!?」
考え事をしていたから避けるのが遅くなった。瞬き一回ですでに目前に迫っていて、左足を斜め前に出しつつギリギリで回避する。
けれど頬に掠り、接触部分が引き裂かれて血が出かけると冷気で痛みを感じる前には凍った。
1発だけ来てくれたのが助かったと思いながら頬の冷たい痛みを無視して息を呑みながらニアを見る。
呆けてる場合じゃない。それに今の狙いは顔面ではあったけど、なんというか優しさがあったと思う。こう、当たらないギリギリのところというか。まぁけど実際掠ったけど。
左足に乗った重心を前に踏み出すようにすり足で進める。ニアはまだ撃ってこない。
俺の行動を見ているんだ。だからニアからは目を離さないように……。
「……なっ」
前に出た瞬間、変な突っかかりを感じた。それはついさっき氷柱を確認したのと同じものだとすぐに気づいた。
いつ!? いつ仕掛けた!? くそっ、こうなったら右に……!
「────オーロンならそう出ると思った」
右に踏み出し、駆け寄ろうとした矢先、そんなことを言うのが聞こえた。
「うわっ!?」
体を浮かすには充分な強風が襲いかかってきた。さっきの風の幕だったんだろう。それが膨らむように下から押し上げるように吹いた。
もちろん躱すことはできず、後ろへ体勢を持って行かれて足が地面から離れ一気に浮遊感が増した。
「浮いたら何もできない、よね?」
「くそっ……! ……ってやらぁ!」
少し怖さを感じた時にニアの煽るような物言いにカチンと来た。
しかし体勢を立て直すなんてことは今のところ出来ない。じゃあどうするかと左右に目を向ける。
視界ギリギリに映った氷柱。これに賭けるしかないだろう。
「……と、っどけぇぇ!」
取っ掛かりを得ようと左足を伸ばしに伸ばす。氷柱には触れないのは分かっている。感覚を頼りに靴底で氷柱スレスレの風の幕を踏む。
軽く膝を曲げて右の原っぱ目掛けて飛び込む。何回か転がってから顔を上げる。そこには眼前に残りの氷の弾が仕掛けられていた。
「…………まっじかよ」
「長中距離は私の勝ち、だね」
さらにその奥ではふわりと飛んでいるニアが次点を準備しながら来ていた。
「だぁーくそぉ! 負けた〜! 考えることが多すぎだろっ」
この状況の勝ち目がないのは悔しいけど分かった。それでも悪態をつきながらそのまま寝転がる。
「オーロンは少し分かりやすすぎると思う」
「とは言ってもなぁ……近づく必要あるだろ?」
「……それもあるけど、……なんでファイア・アロー撃たなかったの?」
「あっ…………あぁ、くそっ。そういえばそうじゃん」
隣に着地したニアは純粋な疑問の目を向けてきてそれに忘れていたように反応を返す。
「わすれてた?」
「……そう、みたいだな」
返す言葉もなく、ははっと笑うしかなかった。
「ん。次は使えるようにしよ」
「だな。けど今は少し休ませてくれ。考えたい」
「わかった。ほっぺ治す」
「ん? あぁ、これか。それじゃあお願いするよ」
頷くと、横顔の近くに座り、土埃や頭についた葉っぱを払ってそのまま膝の上に乗せられる。
連日こうしてニアから教えられているしその度に膝枕されてこの細いけど柔らかい太ももに慣れてしまった。
さっきの戦闘は、ファイア・アローが撃てたとして用意する間、なにが出来ただろう。
思い返すと、氷弾は囮だったのではないかと思う。本命は風による吹き飛ばしで少しでも距離を詰められないようにする戦い方。
けど仮に使えたとして、どうしたら太刀打ちできるだろう。この天才《魔法使い》に。
おそらく、使ったとしても自分の武器にしてくるだろう。ニアならやってのけると思う。
「……どうしたの?」
どうやらじっと見つめていたようだった。目を伏せて首を横に振る。
「なんでもな──いや」
「…………?」
「お前には近づけないのが悔しいなぁって」
紛れもなく本心だ。物理的な近さはあっても技術や力量の差がとんでもなく遠い。
こっちが近づいたと思ったら何歩も先にいて背中が見えそうにない。それが悔しいと言わずになんと言うのかは俺は知らない。
「オーロンはちゃんと」
「分かってる。お前はそう言ってくれるのは。けどこれは事実だ。今の戦闘を思い返しても、どう動いても勝てなかった。……遠いよお前の背中は」
すりっと頬を撫でられる。見つめてくる顔が少し切なそうに見えたのは気のせいじゃないだろう。
「やめちゃう?」
「やめるわけないだろ」
ニアの言葉に被せるように否定する。頬を撫でる手に右手を重ねる。
「今は到底届きそうにないことは分かった。それでも歩みを止めるつもりはないよ。一緒にいるって約束したからな」
「ん。よかった。……オーロン」
「うん?」
「オーロンならきっと誰よりも強くなれるよ」
前髪を上げられ、額に口付けしてきた。そんなことするのは父さんたちしかしなかったから反応できなかった。
「お父さんたちがやってたから……真似してみた」
「お、お前なぁ……急にされるとびっくりするだろ」
「ふふっ、ごめん。嫌だった?」
「…………別に」
肯定も否定も出来なかった。そんなふうに反応するしかなかった。ニアには……こういうところも勝てそうにないと思った。
だから話題を逸らすようにさっきの戦闘について聞いてみる。
「そ、そうだ。なぁ、さっきのアレなんだけど。もしかして氷弾って囮だったりするのか?」
返答に時間があった。けれど急かすことはせずに、答えてくれるのを待つ。やがてどう答えようか決めたのかゆっくりと言ってくれた。
「囮でもあるし、そうじゃない……?」
ニアの反応的に、その場その場で判断してるんだろうことが分かった。
「そうか。……っし。もっかいするか」
「もう休憩はいいの?」
「あぁ。早いとこ、お前に追いつきたいんだ。手加減してくれてるの分かるからさ」
そう。きっとニアが本気を出せば、俺なんて太刀打ちできないだろう。それも分かって余計悔しい。
その悔しさをバネにするかのように起き上がる。傍らに投げ出すように転がっている剣を手に取り、ニアに手を向ける。
「また、相手頼むよニア」
「ん。まかせて。つよつよなオーロンにしてあげる」
「たはっ。お手柔らかに頼むよ」
この日の模擬戦は1度も勝つことはできなかった。最初の模擬戦は偶然が重なった結果だとは思っていたけど、ここまで差があるなんて思わなかった。
けれどクヨクヨしている暇はない。俺に許されているのは、強くなることだけだと思うから。