6.俺にあるもの。出来ること
ニアから言われた俺には“魔法”が使えないという言葉。しかも発するときの顔が辛く見えて、どういう顔をすれば良いかわからなかった。
剣をいつもより強く握りしめて振るう。こんな単純な動きをしたところでさっきみたいに動けるわけでもない。
ギリっと奥歯を噛み締める。俺には足りないものが多すぎる。
俺に、出来ることは剣を振るだけか?
「あっ、しまっ……!?」
左足を置いた時にちゃんと地面を踏めずに横に滑り、膝がガクッと落ちて体勢を整えれずに倒れ込む。
「オーロンっ!」
「だ、大丈夫……ただ滑っただけだから」
空を見上げる。立っている時も思ったけど寝転がっていればより思う。空が遠いと。
でも。
「諦める、理由にはならないよな」
今何が出来るか分からない。それがこんなにも不安になるなんて思ってなかった。
「ニア」
「どうしたの? 怪我とか大丈夫?」
起き上がり、土埃を払いつつこちらに来ようとしていたニアに目を向ける。怪我はしてないと首を振ってから続ける。
「俺に“魔法”は使えないって言ったよな」
「うん。その……“魔法”は難しい、から」
「じゃあ“魔術”はどうなんだ? 俺に使えるか?」
じっと見つめてくる。ニアの目は俺もよく分かっていない。ただ何かを視ているんだろうことは分かる。今の彼女の目には圧がないのもあるだろう。
「──使えるよ」
「ほん、とうか?」
真っ直ぐに見つめる目には嘘がなかった。
だからこそその言葉に驚いた。
「教えてほしい。俺に使える“魔術”」
「私に出来るなら……任せて」
ニアと向かい合って手を重ねる。細いけどしっかりと柔らかさがあってしっかり握ると折れそうだ。
「今から手に魔力を流すから分かったら言って」
「分かった」
頷くと同時に翡翠色の瞳が光り、重ねた両手が温かく感じた。これはニアの手の温かさとは違う……ぼんやりとした感覚。
「……これが、魔力なのか?」
「どう違うか分かる?」
首を左右に振る。今の今まで魔力というものを認識したことがない。
「魔力はね、血流を介して流れるんだけど魔力と血液は別なの」
「別?」
「魔力をね、回すには専用の回路があるの」
ニアの言うことには首を傾げつつも頷く。俺の様子にクスクス微笑って続けた。
「たしかに分かりにくいよね。私も最初はそうだった。意識することは自分の魔力がどこにあるのか理解すること」
俺の、魔力。それってどこなんだ?
そもそも魔力ってなんなんだ?
目を閉じて、ニアの魔力を感じてから自分の体の中に目を向ける。
「どうやって知覚すれば良いんだ?」
「ん……んー……私がやってたのはふんって感じ」
「む、無理矢理だな」
目を閉じたままニアの脳筋方法に笑ってしまう。
「も、もう。笑うの禁止」
「ごめんごめん。でもそっか。ニアでもそんな感じだったんだ」
声から拗ねてるのが分かって少し笑いつつも謝る。
さて。どうやって魔力を知覚しようか。ニアが言うには、魔力には回路があるらしいけど……。
「私が体の中まで流したら分かる?」
「どう……だろう? 分からないけど、やってみてくれるか?」
両手にあった温もりがゆっくりと両腕、肘、肩……と流れ込んでくる。
「……ニアの魔力、あったかいな」
「ん。そう?」
「あぁ。まるで陽だまりみたいだ」
「……あ、あまり褒めないで。照れる」
じんわりとした温かさが全身に行き渡る。
全身がポカポカとなっている時、お腹の辺りが異様に熱く感じた。
「分かったみたい、だね」
「あ、あぁ。腹の……そう、ヘソの下あたり」
「それじゃあ目を開けて」
しばらく目を閉じていたからか、目を開けると眩しさに何度も瞬きする。ブレる視界が鮮明になっていく。
「ちゃんと見える?」
「あぁ。問題ない。……ありがとうニア。これが……魔力、なんだな」
俺に魔力があることがしっかりと理解できた。それじゃあ次の段階。
「ニアはどうやってこの魔力を流してるんだ?」
「ん……こうしたいってなったら自然と?」
「………………」
ニアは天才肌なのだろう。なんとなく理解できたようでできなかった。
「う……分かり、にくい?」
「いや……その。……悪い」
理解できていないこっちが悪い。だから申し訳なさそうな顔するな。
「とりあえず、こうしたい……か。ニアは使えるようになったきっかけは?」
「うーん……使ってみたいってことしか」
「そっか。使ってみたい……それって気持ちの強さか?」
「たぶん……?」
2人して首を傾げて笑い合う。
使ってみたい。気持ちの強さ……。
俺が“魔術”に思うことは?
いや。まず、俺がしたいことは?
「オーロン?」
「……なんとなくだけど、ニアの言っていることが分かる気がするよ」
ずっと黙っていたから心配になったんだろう。心配そうな顔を安心させるために笑ってみせる。
そうだ。俺がしたいのはニアの隣にいるために強くなる。他の誰でもない。ニアのために。
「あっ……私の中にオーロンの魔力、流れてきた」
「え? じ、じゃあもしかして」
「ん。魔力、動かせてる」
「ありがとう!!!!! ニア!」
「わっ……も、もう。嬉しいのはわかる。でもびっくりした」
嬉しくてニアをぎゅぅっと抱きしめる。
驚いた後、後頭部に手を置いて撫でられる。その感覚がこそばゆさを感じるのと同時に心地良さを感じた。けど今はこの高揚感ですぐに上書きされた。
「ニアのおかげで“魔術”使えるんだって知って良かったよ。なぁ、ニア。俺に使える属性って分かるか?」
顔を上げ、目を見つめる。さっきみたいに俺をじっと見つめて数秒。
「────火」
「……ひ?」
「火属性の“魔術”だよ」
「あ、あぁーなるほど。火か」
ニアを離して距離を少し取る。するとニアが少しだけむっと不満げな顔を一瞬した。
「ん……? どうかしたか?」
「……なんでもない。……………けどそのままが良かった」
何か聞こえた気がしたけど気のせいだろう。
火の魔術ってどういったのがあるんだろうか。帰ったら聞いてみようかな。
「あ、オーロン。“魔術”を使う時は気をつけて」
「気をつけてってどうしてだ?」
「“魔法”は魔力を消費しないんだけど、代わりに空気中のマナを消費するの。でも“魔術”はその逆。魔力を消費するの」
へぇ。そうだったのか。
「あと戦闘だと多分、“魔術”は遅いと思う」
「……遅い? それって“魔法”とどう違うんだ?」
地べたにあぐらを掻いて座りながら聞くと、原っぱに座ったニアが続けた。
「“魔術”はね、詠唱が必要なの。それと魔術陣も」
そう説明しながらニアは手を地面につけ何かを言った。
「【大地よ。人形となりて、表出せよ】──〈クレイ・ゴーレム〉」
手の下に緻密に書かれた円が出てきた。すぅっと離すと円が光って、そこにはミニチュアのゴツゴツした人型のものが出てきた。
初めて見るその姿に可愛さもあるが、それよりもワクワク感が勝って気分が上がる。
「おぉ! これが“魔術”なのか!?」
「ん。これが“魔術”。でも“魔法”と違って、発動するまで少し時間があるの」
目の前の人型に手を向けると、手らしきものが動き、俺の手に乗せてきた。結構かわいいなこいつ。
「時間かかる、か。確かにそれは戦闘だと結構ハンデだな」
「うん。狩猟するオーロンならすぐに分かってくれると思った。私の説明、分かりやすかった?」
「さっきとは大違いだな」
「うっ……人が気にしてたこと言うのひどいよ?」
「ははっ、ごめんごめん。でもそうかぁ……ふむ」
腹いせか分からないけどニアは指を鳴らして人型を消した。もう少し楽しみたかったけど仕方ない。
しかしまぁ詠唱はニアが言うには必要。そのため発動するまでおそらく数秒だろうか?
そうなると敵から攻撃されやすくなるんだろう。
「その点……“魔法”は早く出せる、ってことか」
「そう。“魔法”はただ目標に向かって指示すれば良いだけ」
ふぅん、そうなのか。
「でも、パパが言うには私の年齢だと無詠唱を覚えるの早い? みたい」
「じゃあ指示すれば良いって参考にならねぇじゃねぇか!?」
ニアはきょとんとした後視線を彷徨わせた後、あまり表情が動かずとも舌をチロっと出した。珍しい表情に驚いたけど可愛いから何も言えねぇ。
「……てへっ?」