4.ニアとの模擬戦
朝日が昇り早朝。俺はいつも通り家を出て、森の手前の原っぱにニアを連れていく。
「オーロンの相手って何をすればいいの?」
胸の前で両手を握りながら可愛らしく首を傾げるニア。俺は剣の柄に左手を置きながら頷く。
「俺が少し……そうだな。あの大木を中心にしてそこからさらに10歩くらい離れた位置につく。そんでニアはそこにいたまま“魔法”を撃ってくれ」
「えっ……?」
ニアは俺の言葉に目を丸くした。『どうして自分の魔法知ってるの?』といった顔だった。
たしかに俺は今までニアの魔法というものを見たことがない。だけど俺の前で角を隠してるところを見た。
魔人族というのはその中でも魔力量の大小が存在するらしい。
魔力量が大きいということは角を隠せる能力も高いということにほかならず魔人族は人間族とは違い、魔法を使えることが多いとニアから教えてもらった。
そしてなにより、ニアは魔王の娘だ。
「昨日、俺を起こした時の風、ただの風じゃあなさそうだったから」
「それで気づいたんだ」
気付いたというより、そうかもしれないといったほうがいいかもしれない。
軽く風を起こすなら“魔術”でも良いだろうけど、ニアにはそんな反応は無かったと思う。
「だからそれを俺に向かって撃ってほしい」
「それは必要なこと?」
「あぁ。必要だ」
ニアには酷いことを言っていると思う。俺が少し怪我したらかなり心配することが多かったから。
だからニアは俺の言葉にかなり難色を示す反応だった。
「……いや、悪い。酷なこと言」
「分かった。でも……加減はさせて」
「……良いのか?」
「…………ん」
とても嫌そうに眉を精一杯寄せていたけど俺の言葉に被せるように答えて頷いてくれた。俺はとても申し訳ない気持ちになりながら感謝する。
「ごめんなニア」
「んーん。オーロンが強くなりたいって言ってたから……少しは力になりたい」
「ありがとう」
俺のわがままを聞いてくれてありがとうニア。
俺は感謝しながら頭を下げる。
「あ、頭上げてオーロン」
少し慌てたような口振りで俺の肩に手を置いて引き上げようとしてくる。
「あとで、礼させてくれ」
「じゃあ終わったら膝枕」
「……そうだな。うん。分かった」
そうは言うけど……ニアの足、割と細いから少し不安なんだよな。
「……オーロンのえっち」
「す、すまん」
目線でバレていたらしい。俺はサッと目を逸らして軽く咳払いしつつ距離を取っていく。
振り返ると元々華奢な体してるが今はそれよりも少し小さくニアは見える。
俺は目を凝らしてから剣を抜いて構える。
「…………」
ニアの口は行くよと動いたと思う。頷いた瞬間、少し強い風が通り抜けた。
剣をすぐに盾にして風を耐える。ガンッガガッと木こりで最初に叩きつけた時の反動に近いものが襲われる。
「ぐっ!? っ、ぅぅ……!」
何をされたのかまったく分からなかった。気付けば風が通り抜けたのだ。“理解の及ばないもの”。それが魔法。
自然事象を具現化するものを総称してそう呼ぶのはニアが教えてくれた。それがまさかこれほどとは思わなかった。
両手が痺れる感覚がまだ続いてるけどどうにか気合いで耐えるように剣を握りしめる。
痺れよりも剣を振っていたから硬くなったマメが圧迫されて別の痛みが襲われる。
これくらいなら今まで何度も味わっただろ!
「っすぅーーーーー、はぁーーーーーっ……っし」
意識をさっきの攻撃に切り替える。
何をされたんだろうか。距離が遠いからまったく分からなかった。
だから、よく分からないけど原因を掴むために間合いを詰めよう。ニアはそんな俺を見据えた状態で姿がブレたように見えた。
「こ……こ!」
そう見えた瞬間に擦り傷覚悟に勢い良く左に転がる。
つま先に風が掠る感触がしたのと肩に痛みが走り、通り抜けた風に巻き上がった砂埃なのかは分からないけど目に入り強く閉じる。
それらの痛みを我慢に立ち上がってギリギリ見える左目を薄目で開いて前を見る。発動状況を詳しく見るために。
「────」
「…………」
じっとニアの顔を見ると小さく口を動かしたのと、翡翠色の目が輝いた。
────ま、さか……。
「ぐっ……!」
一瞬思考に割いていたし転がった瞬間にどうやら髪に草でもついていたんだろう。
反応が遅れて風を一身に受けて体が浮く。
体が浮いて、地面の感触がしないことに驚いて顔を足元に向けてしまう。
「うぉわっ!?」
さらに追撃とばかりに風が押し寄せる。俺を吹き飛ばす風だ。
俺は吹き飛ばされる勢いに従って後ろへと飛ばされながら剣を地面に突き刺す。
土が硬く、ガリガリと剣先が火花を散らしながら刺さることなく、線を引きながら後退していく。
「ぬぅ、っぐ……ぅ!」
浮いた体をなんとか地面に近づけ、両足を地面につけたまま後退する。
ようやく止まった時には、始まりの位置に近い場所だった。
「っあ……はっはっはっ……!」
このまま剣を地面に当てなかったら結構危なかったと思う。
けれどヒリヒリするこんな状況に笑みが止まらず出てしまう。
顔を上げて前を見据える。ニアは一歩も動いていなかった。それはそうだ。ニアは俺が言った言葉をどうしてか聞いてくれるから。
「……にしても、発動の確信がつけない」
そう。分かったことは、口を動かしていたのと翡翠色の瞳が光ったこと。そうしたら風が巻き起こった。だから考えることは。
・口上詠唱発動
これは風が来る前に口が動いていたから。
・瞳が光ったら発動
口上詠唱と同じくかな。
・手を翳したら発動
終始俺に向けられてるから。
・無詠唱発動
あってほしくないけど、ニアなら出来そうというかやってのけんだろ。
これらを考えればいい。もっと詰め込まないと。
そういえば右目が段々見えてきたかもしれない。
「────すぅ……ふぅーーーーー。……良し」
再度突貫しよう。
深呼吸したあとにグッと踏み込み、低姿勢のまま走り出す。ニアは俺の行動を見て何かを口ずさんだ。
「────」
「……!」
来る。そう判断してすぐにまた左へと跳び込みながら回避する。まだひとつめの可能性は捨てきれない。
ニアはキュッと眉が寄りながら再度手を俺に向けてくる。
今度は右にジグザグに跳ぶ。その時は──。
────口が動いていなかった!
確定だ。ひとつめの可能性が消えた。そうなると残るはあと3つ。
「……っ!」
ニアは俺の表情を読んで焦ったような顔になる。徐々に正解に近づいてきているからだろう。
今度はもう片方の手を翳して来て、俺に向かって撃ってくる。
「……あっ」
「……ぐぅ!?」
ニアのしまったという顔が見えた瞬間に暴風に近いレベルで襲ってくる。
躱せないと判断した俺は、咄嗟の判断で一か八かの賭けに出る。
「っ、ぁああっ!」
剣の腹で守っていたのをやめて斬りあげる。
手応えが確かにあった。
──風を吸いながら斬った感覚が。
ニアはまさかどうにかするとは思ってなかったらしい。同時に驚いたように目を見開く。
その隙を逃さないようによろめき掛けた足に力を入れて踏み出す。
「はぁぁあああ!」
「ま、まずっ……!?」
ニアは急いで両手を三角形にするように作ってから左右に離す。すると瞳が光り、琥珀色の盾のようなものが顕れる。
振り上げた剣を返す刀で振り下ろす。その時にまたその盾の一部を吸いながらひび割れていく。
──────パリィンッ!
盾が砕ける少し甲高い音が聞こえ、千々に割れる瞬間を目にする。
「うそっ……!?」
「これって俺の……うわっ!? に、ニア!?」
驚いた声を上げたニアは飛びかかって来た。受け止めることはできたけど、勢いを止めれずに地面に背中から倒れる。
「すごい……! すごいよオーロン!」
「そ、そう……か?」
顔を上げたニアは青空を背景に花が咲いたような笑顔をした。その笑顔は夜に見たのと違って初めて見たからまじまじと見つめる。
「この剣もすごいけど……聞かせてオーロンの答え」
「答え? ……あー、魔法発動の条件だろ?」
ニアは頷いた。
とはいえ、だ。ちゃんとした答えはまだ出せていない。
「口上詠唱は無いと思った」
「どうして?」
「俺がジグザグに動いた時に口が動いてなかったから、だな。だから口上詠唱は無いなって」
「あの時は私も焦っちゃった。それで?」
俺は今の模擬戦を思い出す。あとなにかきっかけがあれば……。
「………………その目が光ったら発動?」
「……!」
そうだ。最初はよく見えてなかったから分からないけどそれ以外だと目が光ってた。
「当たり、だよ」
「……ん、え?」
ニコッと笑って優しくそれこそ動物にするように頭を撫でてくる。
「結構ブラフ用意したのになー」
「……い、いやあまり分からなかったぞ? それに今だって思い出しながら呟いただけだし」
「一応、ね? 無詠唱でも出来るの」
「出来るのか!?」
「うん。でもそれだと威力が殺せないから……だから、その……さっきはごめんなさい」
さっきのっていうのはあの暴風だろう。仕方ないことなんだと思い、気にしてないといったように笑ってニアの頭を撫でる。
「結果死にはしなかったんだから別に良いよ」
「……で、でも」
「咄嗟だったけど、アレ斬れたし」
「あ、そう……! なんで出来ると思ったの?」
「カン……だな」
だから一か八かだった。成功して良かったなと今更安堵する。でも暴風を斬った時も、盾を斬った時もあの吸い上げるようなやつは一体なんだったんだ?
「オーロンは強くなれるね」
「あぁ。必ず強くなるよ」
互いに吹き出すように笑い合った。
俺の中にはどうしても拭いきれない結果だけを残して。
ニアと別れるまで1週間しかないから。