2.約束を交わして
晩ご飯を食べた後、自分の部屋に入り、少しの間細身の剣に触れる。
細身の剣を鞘に戻した後、壁に立てかける。いつものように刃こぼれとかがないか確認する手入れをしたのだ。
「……寝るか」
部屋を一度ゆっくり見回してからゆらゆら揺れるランプのネジを左へと捻り、消えるのを確認する。
──────コンコン。
急なノックに肩をビクつかせてバッと扉の方に顔を向ける。
『今、良い?』
「あ、あぁ……良いけど」
なんだニアか……。
安堵するように息を吐くと、扉がゆっくり開かれた。
扉を開けて中に入ってきたのは寝巻きに身を包んだニアだった。窓から入る月明かりに少し透けて見えるからすぐに目を逸らす。
なんというか見てはいけない気がしたから。
「どうしたんだよこんな時間に」
このまま暗い部屋の中だと俺の気がおかしくなりそうだったからまたランプに火をつける。淡い光が木造の部屋を照らす。
「一緒に寝てほしくて来た」
「な……か、母さんに頼めば良いだろ?」
「オーロンといる方が落ち着く」
「……っ。はぁー……ったく。わぁーったよ」
「オーロン優しい」
「……うっせ」
ニアはベッドに腰掛けた。軽口を言い合いながらも、その顔はなんというか思い詰めた? ような顔をしていた。
「……オーロンにね」
少しの沈黙の後にぽつりと話しだした。ランプの火を消しかけた手を止めて、ニアに目を向ける。
「言ってなかったこと、あるの」
「言ってなかったこと?」
ニアの言葉をおうむ返ししながら椅子を引いて背もたれ側に体を向けて座る。ニアは頷いて、元々小さめの声をさらに小さくして話しだした。
「魔人族、はね……魔力量の多さと操作力の高さで角を隠せる人とそうじゃない人がいるの」
「へぇ、そうだったんだな。じゃあニアは……」
「そう。私は魔力量が多いの。それも遺伝的の」
「……遺伝か。そりゃあすげぇなニアは」
「そう? 褒められるのは悪くないからもっと褒めて」
「……あーすごいすごい」
棒読みで言いながらパチパチとゆっくり手を叩く。するとニアはふくれっ面した。
「投げやりひどい」
「良いから続き言いなよ」
「そうだった。えっとね、私ね? ……魔王の娘なの」
「あ……? んんっ?」
唐突に言われて理解に時間を要した。俺は聞き返すように返事するとニアは頷いてもう一度言った。
「私、魔王の娘なの。それもひとりっ子」
「あ、あぁ。そんで?」
「1週間後、帰ることになった」
「い、1週間後ぉ!?」
ガタンと椅子から蹴飛ばすように立ち上がりデカい声を上げたのを理解して言い終える手前でバッと口をおさえる。
父さんも母さんももう寝たから流石に起こしてしまう。咳払いしてニアに向き直り、椅子を直す。
「な、何でいきなり」
「……パパの体調、悪いみたい」
「なっ……。で、でも、お前の父さんが魔王ってのは分かった。け、けど、本で読んだけど魔王って世襲じゃないんだろ? じゃあここに残ったって……」
「ダメなの」
「な……んで……」
今まであまり動かなかった顔色も寂しげに見えた。それはきっと月明かりをバックにしてるからだ。そうに違いない。
きっと今の俺の顔も結構情けない顔してるんだろう。
「俺から離れないって言ってただろ?」
「ごめん」
「ど、どうしても……無理、なのか?」
「むり。帰ってこいって」
「……お、俺も一緒に」
「ダメ。人と魔人、魔族は仲がとっても悪いからオーロンいじめられちゃう」
寂しげな顔のまま微笑むニアの顔を凝視する。
「きっと私は魔王になると思う」
「なるってそんな、急に言われても……」
「ごめんオーロン」
「ごめんって……もう、会えないのか?」
ぎこちなく頷いた。それを見て震える体をおさえようと息を吐いてからニアの前で両膝をついて向き合い、しっかりと向き合う。
「……分かった。じゃあ何年かかっても会いに行くよ」
「……えっ?」
「今の俺は弱すぎるのは分かってる。だから強くなって、誰からも負けない人になってニアに会いに行く」
ニアの両肩に手を乗せてじっと見上げてくる目を見つめ返す。大きな翡翠の瞳には決意の目をした俺が写っていた。
「だから、待っていて」
「……分かった。約束」
「あぁ。約束だ」
ふわりとニアは笑った。いつもはあまり動かない表情なのに初めて見る表情に俺はドキッとした。
ニアは右手の小指を伸ばして向けてくる。俺も同じように向けて小指を結ぶ。
「それじゃあ……もう寝よう?」
「分かった。あ、でもそっち向かないからな」
「ぎゅーしてくれないの?」
「し・ま・せ・ん」
ランプをまた消していく。ベッドの奥をニアに使わせてなるべく端っこに行くように横になる。
目を閉じてもさっきのニアの話が頭の中でぐるぐる巡ってなかなか寝るに寝付けなかった。
どれくらい経ったか分からないけど、俺はまだ寝付けず、寝返りを打つ。すると待ってたかのように俺の胸に抱きつくニア。
顔を覗き見ると、とっても幸せそうな寝顔だった。あんな話しといて他人事みたいだなと思うが、今まで話せてなくてようやく話せてスッキリしたんだろう。
「…………強く、ならないとな」
ぽつりと呟いてニアの癖っ毛一つない後頭部の白髪を撫でて目を閉じる。ニアと一緒に寝たからか、悪夢は見ずに済んだ。