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プレオークションの翌日。
亜里沙は、いつもより少しだけ早く目が覚めた。
寝室のカーテンを開けると、6月の柔らかな朝日が差し込んでくる。
ホテルの寝室から出ると、「おはようございます、亜里沙さま」
静かな声が聞こえた。侍従の田中だ。
「おはよう、田中さん」 亜里沙は、微笑んで答えた。
田中は手際よくケータリングの朝食をテーブルに並べる。
今日のメニューは、亜里沙の好物のフルーツとヨーグルト、それと温かいハーブティー。
「昨夜は、よくお休みになれましたか?」
田中は、亜里沙の顔色をうかがいながら、尋ねた。
「ええ、ぐっすり…」
田中は、ハーブティーをカップに注ぎながら、 「…何か、良いことでもありましたか?」 と、さりげなく尋ねた。 「え…?」 亜里沙は、どきりとした。
「…別に、何もないわよ。」 そう答えたものの、声が少し上ずってしまったのを、田中は聞き逃さなかった。
田中は、それ以上は何も言わず、静かに微笑んだ。 「本日のご予定ですが…」 と、いつものように、当日のスケジュールを説明し始めた。
朝食を取りながら、亜里沙は、本日の公務のための身支度を整え、面会する人の資料に目を通す。
いつもと変わらない朝。
しかし、亜里沙の顔はどこか明るい表情だった。
朝8時にホテルを出発し、車で目的地まで移動する。
目的地では、人と面会したり、視察を行う。手順は全て決められており、亜里沙は手順通りに公務を進める。
午前の公務を終え、移動しながら昼食を取り、午後の会談の目的地に少し早めに到着する。 会談が始まるまでの空き時間に、亜里沙は控室で休憩していた。
「亜里沙さま、見てください」
控えめに声をかけてきたのは、警護官の梅田だった。
「昨日のオープニングセレモニー、主催者アカウントから写真が更新されてますよ。亜里沙様が気になさっていた鉱石も写真になってますよ。すごく大きくて綺麗ですね。」
梅田は、そう言いながら、自分のスマホを取り出し、画面を操作している。
「あ、この人、見てください!」 梅田が指差した先にあったのは、夕焼け空を背景に、アズロマラカイトを手に持つ男性の写真だった。
「プレオークションで最高値を取ったこの人、鉱石を採掘してるんですって!すごい、イケメン!」
亜里沙は、それが誠太郎だとすぐに分かった。
心臓が、どきりと音を立てる。
梅田はさらに、「『Seitaro_H』…亜里沙さまも見てみますか?」
と亜里沙にスマホを差し出した。
亜里沙は彼のアカウントを調べることはしないと決めていた。
しかし、この流れで見ないのは不自然だ。
「ええ、少しだけ…」と答え、梅田のスマホを受け取った。
画面には、誠太郎のアカウントが表示されている。
鉱石の写真で埋め尽くされたフィードは、亜里沙にとって未知の世界だった。
美しい鉱物の写真で埋め尽くされている。そして、登山や採掘の様子、彼が旅先で見つけた宝石…
プロフィール欄には、「鉱石愛を世界に発信!#登山家 #鉱石商 #デザイナー」とある。
亜里沙は、昨日彼が言っていた「僕の活動を知ってほしい」という言葉の意味を、ようやく理解した気がした。
最新の投稿は、今日の朝のものだった。作業台の写真と共に、熱意のこもった言葉が添えられている。
(整然と並べられた工具が置かれた作業台の写真)
「昨日の出会いでインスピレーションをもらい、今日は一日、工房で作業します!新しい作品のアイデアが湧いてきて、ワクワクが止まらない!#工房 #作業風景 #インスピレーション #鉱石 #制作」
(亜里沙の心の声)「昨日の出会い…」
亜里沙は、誠太郎のストーリーも見てみることにした。
そこにアップされていたのは、見覚えのある刺繍が施されたハンカチ。
亜里沙が昨日、誠太郎に渡したハンカチだった。
添えられた言葉は、 「昨夜は珍しく良く眠れた。頭すっきり!昨日のこと、何度も思い出している。まるで、夢みたいだった。#連絡ください #DM大歓迎 #即レス #奇跡を信じてる」
亜里沙は、スマホを持つ手が震えるのを感じた。
「私のハンカチ……これ、もしかして、私宛…?」
亜里沙が戸惑いを隠せないでいると、
「失礼します、お時間です」とノックと共に田中が入って来た。
亜里沙ははっと我に返り、「ごめんなさい、ありがとう」と梅田にスマホを返した。
公務の時間が迫っていたのだ。
誠太郎のことは一旦頭から追い払い、席を立ったが、フィードの内容が心の中に残っていた。
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