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世界はそれを恋と呼ぶんだ

プレオークションの来賓席に腰掛けても、亜里沙の心はざわめいていた。


見た瞬間、美しいと思った推し石との出会い、

そしてその石を発掘した男性との出会い。


(日比谷…誠太郎さん)

あの笑顔、アズライトを語る熱意、そして射抜くような眼差し…。

胸の奥が、熱く高鳴るような、こそばゆいような、不思議な感覚に襲われる。


…きっと、これは、あのアズライトの持つエネルギーに触発されただけ。推し石を見つけたことによる一時的な、心の高ぶり。


(私は、皇女なのだから)


人々の期待に応え、国の象徴としての役割を果たす。

それが、自分の使命。

…個人的な感情など、忘れてしまわないといけない。


いずれにせよ、あの石の晴れ舞台を、この目で見届けたら、この高鳴りは治まるはず。

今はプレオークションに集中しよう。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



プレオークションの会場は、ますます熱気を帯びていた。

司会者の声が、会場に響き渡る。


「それでは、いよいよ本日の目玉商品の一つ、アズライトのプレオークションを開始いたします!」


亜里沙は、壇上へと視線を送った。

壇上には、スポットライトを浴びたアズライトが、静かに、しかし確かに、青い光を放っていた。

亜里沙は、その青を見つめながら、静かに心の中で呟いた。


「アズライト、素敵な人と出会えたらいいね。」


その瞬間、司会者が言葉を続ける。「そして、このアズライトの魅力を皆様にお伝えするため、特別なゲストをお呼びしております。この石を採掘された、若き登山家兼鉱石採集家、日比谷誠太郎さんのご登場です!」


スポットライトが移動し、壇上の袖から先ほど出会った男性が現れた。


彼は落ち着いた足取りで壇上の中央に進み、アズライトの隣に立った。

整った顔立ちに、熱意を秘めた雰囲気を漂わせている。亜里沙は、驚きで目を丸くした。


彼は、聴衆を見渡した後、穏やかな口調で語り始めた。


「このアズライトは、アンデス山脈の、それは息を呑むような高地で発見しました。かつてインカ帝国が神聖な場所として崇めていた、古い鉱山跡です。想像してみてください。酸素も薄い、標高5000メートルを超える岩場で、息を切らしながら見上げた空は、信じられないほど深く、澄んだ青色でした。その青が、そのまま凝縮されたかのように、足元の岩肌に張り付いていたのが、このアズライトだったんです。」


彼の言葉は、熱を帯び、聴衆の心を掴んでいく。

「アズライトは、化学的には含水炭酸銅という鉱物で、その鮮やかな青色は銅イオンによるものです。

古来より、顔料として珍重されただけでなく、持ち主の直感力や洞察力を高め、精神を安定させる力を持つと言われています。

これは、アズライトが持つ独特の波動、そして、その形成過程で取り込んだ大地のエネルギーによるものだと、僕は考えています。」


彼は続ける。


「この深く透明な青。特別な地質条件と長い年月が生み出した、極めて稀な品質です。このアズライトは、これから、大気中の成分と混じり合い、部分的にマラカイトへと変化していき、アズライトとマラカイトが共生した“アズロマラカイト”と呼ばれる青と緑が混ざり合った、美しい地球を模したような鉱石に成長していくでしょう。マラカイトは古来より『癒し』の力を持つ鉱石として知られています。アズライトが持つ直感や洞察力を高める力に、マラカイトの癒しが加わることで、持ち主の心に寄り添い、内なる変化を促す力となるでしょう。まさに、この石は、持ち主と共に時を重ね、成長していく、生きた宝石と言えるでしょう。この石が、誰かの幸せや成長のきっかけになれたら、これほど嬉しいことはありません。」


会場は、誰もが誠太郎の言葉に耳を傾けていた。熱っぽく語る彼の言葉には、嘘偽りのない、純粋な想いが込められているように感じられた。亜里沙も、その言葉に心を奪われていた。

彼の真摯な眼差し、情熱に満ちた言葉。それらは、亜里沙の心にも確実に、響いていた。


そして、いよいよ入札が開始された。

司会者の軽快な口調に合わせて、次々と値段が上がっていく。会場の熱気は最高潮に達し、誰もが壇上の一点を見つめていた。

その時、確信に満ちた声が響いた。


「最高額で。」

それは、さっき誠太郎に助けられた老紳士だった。


老紳士は非常に穏やかで満足げな表情で座っている。

誠太郎の、アズライトへの愛情、そして「誰かの幸せのきっかけになれば」という純粋な願い。

老紳士は、その言葉を胸に満足気に最高額の札を掲げている。


司会者が高らかに宣言する。

「最高落札額をいただきました!落札です!」


会場からは大きな拍手が沸き起こり、誠太郎は、安堵と喜びが入り混じった、心から嬉しそうな微笑みを浮かべていた。

まるで、自分の大切な宝物が、ふさわしい持ち主の元へ旅立つことを祝福しているかのように。


亜里沙は、高揚感とともに見つめていた。

亜里沙は、傍らのテーブルに置かれたシャンパンのグラスを手に取り、迷いなく、一気に飲み干した。

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