途切れた日課
誠太郎の個展が成功裏に終わり、5日が過ぎた。亜里沙の元には、朝と夕方に彼からのメッセージが欠かさず届く。それは、個展開催中に彼が伝えていた通りだった。以前と違うのは、亜里沙が素っ気ないながらも、返事をするようになったことだ。
誠太郎:「今日は暑くなりそうですね。僕は個展のお客様先を訪問します。亜里沙さんも体調に気を付けて」
亜里沙:「ありがとうございます」
また、ある日の夕方には。
誠太郎:「今日は皇居ランでものすごく可愛い犬を見かけました!早起きして良かったです。」
亜里沙:「良かったですね」
こんな、なんでもないやり取りだったが、亜里沙にとっては、誠太郎と繋がっていることを実感できる、大切な時間だった。
しかし、その日は、いつもと違っていた。
朝のメッセージが、届かない。
(…どうしたのかしら…)
どんなに忙しくても、必ずメッセージを欠かしたことが無かった誠太郎。日課が急に途切れてしまって、ひどく気にかかる。
昼休み、亜里沙は誠太郎のインスタグラムを確認してみた。しかし、新しい投稿はない。
(…何か、あったのかしら…)
その日の公務は、次の視察のレクと関連資料の読み込みがメインだった。
しかし、亜里沙は、全く仕事に集中できなかった。
文字が、頭の中を滑っていく。
何度も時計を確認し、時間を持て余してしまう。
そうこうするうちに、夕方になっても、誠太郎からの連絡はなかった。
亜里沙は、自室で一人、考え込んでいた。
(私が今まで、素っ気ない返事ばかりしていたから…?)
過去の自分の返信を読み返してみる。
『おはようございます。ご連絡ありがとうございます。』
『お忙しい中、ご連絡ありがとうございます。』
『ゆっくり休んでいます。』
どの返信も、誠太郎との距離を、自ら遠ざけるような、冷たい言葉ばかり。
(…こんな返事しかしない女に、愛想を尽かしたに違いない…)
後悔と自責の念が、波のように押し寄せてくる。
「亜里沙様、夕食の…」 ノックと共に田中の声が聞こえたが、今の亜里沙には、その声に答える気力もなかった。
「…いらないわ…」 扉の向こうで、田中が少し困惑する気配を感じたが、今は一人にしてほしい。 「…かしこまりました。何かあれば、いつでもお呼びください」
田中はそう言って、静かに部屋を後にした。
一人になった亜里沙は、再びスマートフォンを手に取る。
そして、誠太郎とのメッセージのやり取りを、何度も読み返した。
(…私、彼に、冷たい返事ばかり…)
後悔の念が、胸を締め付ける。
その時、スマートフォンが振動した。
しかし、それは誠太郎からではなかった。落胆する。
その日の夜、亜里沙は、珍しく寝付けなかった。
誠太郎のことが、頭から離れない。
(…どうして、こんなに、気になるの…?)
今まで、こんな気持ちになったことは、一度もなかった。
胸の奥が、締め付けられるような、この痛みは、何なのだろう。
亜里沙は、答えの出ない問いを、心の中で繰り返しながら、長い夜を過ごした。




