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初めての返事


誠太郎と別れ、皇居へ戻る車中の亜里沙は、静かに目を閉じ、先ほどまでの出来事を反芻していた。

高層ビルのバーでのひととき、誠太郎の優しい笑顔、真剣な眼差し、そして、最後に交わした握手の感触…。

どれもが、亜里沙にとって初めての経験であり、彼女の心を穏やかに、そして確かに満たしていた。

いつもは分刻みのスケジュールで行動し、時間に追われる生活を送っている。しかし、誠太郎といる間は、時間の流れが緩やかになり、周囲の喧騒も気にならなかった。


(あんなに自然に話せたのは、久しぶりかもしれない…)


皇女という立場上、常に周囲の目を気にし、言葉を選び、完璧な振る舞いを心がけてきた。しかし、誠太郎の前では、自然と素の自分が出ていた。

そして、ほっとするような、温かい気持ちが自分の中で大きくなっているのを感じていた。

それは、彼が自分を「皇女」としてではなく、一人の「人間」として見てくれたからだろう。

そして、彼の不思議な力、人をリラックスさせる力がそうさせたのかもしれない。

亜里沙は自分の手に視線を落とした。誠太郎と握手した右手が、まだ微かに温かい気がする。


「お帰りなさいませ、亜里沙様」

気づけば、車は皇居に到着していた。運転手の声に、亜里沙は「ええ、ただいま」と短く答え、車を降りた。

出迎えたのは、女性執事の田中だった。その表情は、いつもと変わらず穏やかだ。

「亜里沙様、お食事はいかがなさいましたか?お風呂の準備はできております。」

「…食事はもう済ませたわ。すぐにお風呂に入ります。」

「左様でございますか、お風呂のご準備はできております。」

「ありがとう。」

亜里沙はそう答えながら、自分の部屋へと向かった。

部屋に入り、田中さんが退出した後、亜里沙は、つけていたバレッタを取り外し、ドレッサーにしまい込む。誠太郎から贈られた、アズライトとマラカイトのバレッタだ。

ライトの光を受けて、深い青と緑が、複雑に輝いている。

(…彼が、私のことを思って、作ってくれたバレッタ…)

その事実が、亜里沙の心を温かく満たした。


亜里沙は、バスルームへと向かった。

湯船に浸かりながら、亜里沙は再び誠太郎との時間を思い出す。

彼の優しい笑顔、真剣な眼差し、そして、最後に交わした握手の感触…。

どれもが、亜里沙にとって初めての経験であり、彼女の心を穏やかに、そして確かに満たしていた。


風呂から上がり、髪を乾かしていると、田中さんがハーブティーを持ってきてくれた。

カモミールの香りが、心を落ち着かせてくれる。


風呂から上がり、田中さんが用意してくれたハーブティーを一口飲む。

カモミールの香りが、心を落ち着かせてくれる。


「…今日は、なんだか、とても楽しかったわ。」

亜里沙は、思わず田中さんに語り掛ける。

「そうでございますか。それは何よりです。髪飾り、とても良くお似合いでした」

田中は優しく静かに微笑んだ。


そして、ベッドに入り、目を閉じた。亜里沙は今日も寝つきが良い。


翌朝、亜里沙はいつもより少し早めに起床し、身支度を整えた。

今日は、視察の公務が入っている。

公務への移動中、亜里沙はスマートフォンを確認した。

誠太郎からのメッセージが届いている。

『昨日は本当にありがとうございました。亜里沙さんと素敵な時間を過ごすことができて、とても楽しかったです。お陰様で、個展は終了ですが、もうしばらくは東京に滞在する予定です。昨晩はお家までお送りできずにすみませんでした。無事に帰れましたか?』


亜里沙は、そのメッセージを何度も読み返し、自然と口元が緩むのを感じた。

そして、メッセージを読んだ後、しばし考え込む。


(…もし、彼が私の本当の立場を知ったら、どう思うかしら…?)

誠太郎は、まだ亜里沙の正体を知らない。

このまま、何も知らずにいてくれたら…そんな淡い期待を抱きながらも、現実的には、そうはいかないことも理解している。


誠太郎になんと返事したらいいのか、全く分からない。何度も打ち込んでは消し、を繰り返してしまう。

(…なんて返信すればいいの…?)


普段の公務では、どんな難しいスピーチ原稿でも、的確な言葉を選び、スムーズに書き上げることができるのに、たった一通のメッセージが全く進まない。

移動時間の30分かけて、ようやく一つのメッセージを送信した。


『昨日はありがとうございました。バレッタ、大切にします。』

誠太郎への感謝の気持ちも、昨日の余韻も、そして、彼への淡い想いも、一切込められていない、素っ気ない返信。


しかし、これが今の亜里沙にできる、精一杯の表現だった。


送信ボタンを押した後、亜里沙は、大きく息を吐いた。

もし私が皇女だと知ったら、彼はどうするんだろう…



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