男は一目で恋に落ちた
出会いのパートです
その時、背後から声が聞こえた。
「亜里沙王女、その石にご興味がおありですか?」
振り返ると、オークションの主催者が、にこやかに微笑んでいた。
「ええ、とても美しいですね。」亜里沙は平静を装い、微笑みを返した。
「これは、今回のオークションの目玉の一つでしてね。今日これから実施されるプレオークションで出品される予定です。」
主催者の言葉に、亜里沙の心に好奇心が高まる。
この美しい石が、どのような人の手に渡るのか、見届けたい。そんな気持ちになった。
亜里沙は、側衛官の梅田を呼び寄せ、声をかけた。
「この後に行われるプレオークションについてなのですが、私も参加することは可能でしょうか?
公務ではなく、私的な参加です」
梅田は、すぐに恭しく答えた。
「畏まりました。ただ今、確認いたします。」
数分後、梅田と主催者が戻ってきた。
主催者「亜里沙皇女、プレオークションにもご参加いただけるとのこと、誠にありがとうございます。お席をご用意いたしました。こちらへどうぞ。」
亜里沙「梅田さん、ここからは私のプライベートだから、休んでて。ゆっくりパーティーを楽しんで頂戴。警備は、、、大丈夫よね?」
「かしこまりました。プレオークションには、限られた方のみのご参加と聞いております。私は会場出口に控えさせていただきます。お車のお時間になりましたら、お声がけいたします」
主催者「亜里沙皇女、ご案内いたします。こちらへどうぞ」
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華やかなシャンデリアが煌めくプレオークション会場は、熱気に包まれていた。
高価な美術品を求める人々、その成功を祝う人々、様々な思惑が入り混じり、喧噪と興奮が渦巻いている。
通路は人でごった返し、人々はグラスを片手に談笑しながらゆっくりと移動していた。
床には豪華な絨毯が敷かれているものの、人が行き交ううちに端がめくれ上がっている箇所もあった。
主催者に促されるまま、亜里沙は来賓席へと向かっていた。
完璧な微笑みを浮かべ、優雅な足取りで進む彼女は、周囲の注目を集めている。
その時、通路の脇で談笑していた老紳士が、足元のめくれ上がった絨毯に躓き、大きくよろけた。
バランスを崩した身体は、あろうことか亜里沙の方へ倒れこみそうになったその時。
一人の男性が素早く動いた。
亜里沙を庇うように自分の体を盾にし、男性は老紳士の身体を支える。
しかし、その際に、老紳士が持っていたシャンパンが男性の裾にかかってしまった。
男性はまず老紳士に優しく声をかけた。
「大丈夫ですか?」老紳士は恐縮しきりだった。
男性は穏やかに微笑み、老紳士の肩を支えながら、近くの椅子まで誘導した。
老紳士が落ち着いたのを確認してから、男性は、絨毯のめくれを正す。
どこか清涼な空気を纏った男性だった。
がっしりした身体は精悍さを感じさせるのに、その瞳は驚くほど優しく、ピュアな光を宿している。
健康的な肌色で、整った顔立ちと相まって、遠くからでも目を引く。
「かばっていただき、ありがとうございます。」
「いえ、大したことは・・・・」
その男性と目が合った瞬間、彼の動きが止まる。
というより、彼に見つめられている、という感覚の方が近かった。
まるで、強い光に照らされているように、その視線は熱く、輝いている。
何を見ているのだろう?
亜里沙は、男性の様子に少し戸惑いながらも、ハンカチ取り出し、礼儀正しく微笑んだ。
「お召し物が濡れてしまったようです。大丈夫ですか?」
男性は、ようやく我に返ったように、慌てて姿勢を正した。
「…え、はい。本当だ。濡れていますね。ハンカチ、ご親切にありがとうございます。」
(なんて華やかな香りのする人だ...!)
亜里沙は優雅に微笑み返す。
男性「この後の、プレオークションに参加されるのですか?」
亜里沙「ええ、その予定です。」
男性「僕は日比谷誠太郎と言います。この後のプレオークションに僕の鉱石が出品されます。見てもらえたら、とても嬉しいです」
亜里沙「鉱石?もしかして、あの、青い石ですか?先ほど、廊下の展示を拝見いたしました」
男性「はい。アズライトという鉱石です。」
彼は目を輝かせ、こちらを見ている。
亜里沙も、あの石のオーナーと会話できるとも思っておらず、思わず会話が弾む。
その時、近くを通りかかったオークションスタッフが、二人に無遠慮にカメラを向け、フラッシュを焚いた。
突然の閃光に、亜里沙は反射的に目を閉じ、顔を背けた。そして、無意識のうちに後ずさる。
まるで、暖かい陽だまりから、冷たい影の中へ突き落とされたような感覚。
楽しかった会話、和らいだ表情、それら全てが、一瞬にして凍り付いた。
亜里沙は、カメラのフラッシュが苦手だ。衆人環視に晒される皇族という立場上、仕方のないことではあるが、自分は皇族であり、皇族らしくない振る舞いが許されないことを思い出す。
亜里沙は、すぐに顔を上げ、いつもの完璧な、しかし、冷たい微笑みを形作った。
「皇女」としての仮面を、再び被ったのだ。厚い、冷たい、感情を閉ざすための仮面を。
誠太郎「大丈夫ですか?顔色が少し…」彼は尋ねた。
誠太郎は、心配そうに亜里沙をみつめていた。
亜里沙は、張り付けたような微笑みを浮かべ、
「ええ、大丈夫です。…少し、強い光が、苦手なものですから」と、静かに、しかし、はっきりと距離を置くように答えた。
それは、真実でもあり、嘘でもあった。彼女は、強い光のその先で、自分の心の奥底を見透かされること、そして、それによって傷つくことを、恐れているのだ。
亜里沙の様子に気づいた主催者が、写真を撮ったスタッフを厳しく叱責した。
「申し訳ございません、突然の無礼な振る舞い、大変失礼いたしました」
主催者は深々と頭を下げ、亜里沙に謝罪を繰り返したが、彼女の心は、もうそこにはなかった。
亜里沙は、できる限り平静を装い、誠太郎の方を向き、凛とした、しかし、冷たい声で言い放った。
「ハンカチはどうぞ差し上げます。…どうか、ご自愛くださいませ」
その言葉は、感謝の気持ちを伝えながらも、同時に、明確な拒絶の意思を示していた。彼女は、誠太郎との間に、再び、見えない壁を築いたのだ。今度は、より高く、より厚い壁を。
亜里沙は、誠太郎に小さく会釈すると、再び優雅な、しかし、どこかぎこちない足取りで、来賓席へと向かった。
亜里沙の背中が喧騒に消え、誠太郎はその場に立ち尽くしている。
心に残るのは、鼻腔をくすぐる彼女の華やかな香り、アズライトを聞いた時の輝く笑顔、そして、最後に見せた、消え入りそうな表情。
(…大丈夫じゃない…、絶対に…)
誠太郎は、直感的にそう感じた。
「大丈夫です」という言葉とは裏腹に、彼女の全身が、助けを求めているように見えた。
(何か、力になれることはないだろうか…?)
手元に残された、亜里沙の香りが微かに残るハンカチを、誠太郎はそっと握りしめた。
それは、まるで、彼女の存在を確かめるかのように。そして、再び彼女と繋がるための、希望の象徴のように思えた。
(必ず、もう一度…)
誠太郎は、次どんな行動にでるのか!お楽しみに!




