1回目
「それでは、早速ですが、今から1時間だけ、1回目のデートを申し込んでもいいですか?」
誠太郎は、間髪を入れずに言った。
「え?今から?」
思わず、声が出た。
(…完全に彼のペースにはまっている…)
「はい、今は僕が写真を撮るという口実で無理やり亜里沙さんのお時間をいただきました。ここからの1時間は、正真正銘のデートです。どうですか?」
上目遣いで誠太郎は私の表情をのぞき込む。
私はこの後に予定があるわけではない。
下に車を待たせているが、1時間だけなら、大丈夫だろう。
「はい。大丈夫です。1時間だけなら。」
「ありがとうございます!お腹、空いてませんか?お食事とお飲み物、頼みましょう。何かリクエストはありますか?」
「お任せでお願いします」
「かしこまりました!じゃあ、アヒージョと鴨のロースト、フォカッチャを頼みましょう。乾杯は、シャンパンでいいですか?」
注文後、彼は飲み物をカウンターからシャンパングラスを2杯持ってきた。
「二人でシャンパンを飲むのは、2回目ですね。乾杯しましょう。乾杯」
ロンドンでのあの日も、シャンパンを一緒に飲んだことを思い出す。
料理ができるまでの間、私たちは他愛のない話をした。
「僕、料理が好きなんです。今、和食を勉強してて。今度帝国ホテルの勉強会に参加するんです」
「帝国ホテルですか?本格的ですね」
「今、帝国ホテルに滞在してて。コンシェルジュの方が親切な方で色々と機会を作ってくれるんです…おっと、食事ができたようですね。少々お待ちください。」
そう言って、彼はカウンターから料理を運んできた。
湯気の立つアヒージョとふかふかのフォカッチャ。
「わあ、美味しそう。」
思わず声に出すと、誠太郎は嬉しそうに微笑んだ。
「召し上がってください。特にこのアヒージョは、美味しいですよ!」
食事の合間、私は意を決して尋ねてみた。
「今日、どうして私だって分かったんですか?」
彼は、少し躊躇するように視線を逸らした後、私を見つめ返して言った。
「においで分かりました。亜里沙さんが僕の前にきた時、すぐに分かりました。僕にとって、あなたのにおいは特別ですから。」
歯の浮くセリフを平然と言う誠太郎に戸惑いつつも、嫌な感じは全くない。
誠太郎は話を続ける
「すぐに声を掛けたかったんですけど、亜里沙さんは声を掛けてほしくなさそうだったので、その時は我慢しました。普通に声をかけても構ってくれないかもと思って、大急ぎで花束の準備と、この個室を予約しました。」
分かってはいたが、やはり彼の策にはまっていたようだ。
「お会いしたのは今日で2回目ですが、においで分かるものなんですね」
私がそう言うと、彼は少しはにかみながら、でもどこか誇らしげに言った。
「ふふふ。僕にはあなたから頂いたハンカチがありましたので。」
「ハンカチ…!?」
彼の鋭い感性に驚いた所もあるが、嫌ではなかった。
「でも、においって…具体的にどんな感じなんですか?私には、自分のにおいってよく分からないんですけど…」
私がそう尋ねると、誠太郎は少し考えて、
「そうですね…例えば、高山の澄んだ空気のような、清々しい香り、とでも言いましょうか。そこに、華やかなフローラルさが加わって…」
彼は、言葉を探しながら、私の顔をじっと見つめる。
「…すみません、うまく言えませんね。でも、僕にとって、あなたのにおいは、とても心地よく、特別なものなんです。」
彼のストレートな言葉に、私は少し照れくささを感じた。
「それに、」
誠太郎は、さらに言葉を続ける。
「パーティーでの出来事や、DMでのやり取り、何度も思い出して、また、会いたいなってずっと思っていたんです。だから今日、こうして夢が叶って、本当に幸せです。」
彼の真っすぐな表現に慣れてきた私は、むしろ、彼の言葉に愛おしさを感じ出している。
「でも、ありがとうございます。そんな風に言ってもらえて、嬉しいです。」
私は、グラスに残ったシャンパンをゆっくりと飲み干した。




