彼に会いに行くわけじゃない。鉱石を見るだけ…
誠太郎から、東京での個展が送られてきた後も誠太郎からのDMは毎日欠かさず届いている。
内容は、ロンドンの天気や工房の風景、時折見せるユーモアのある日常の一コマ。
彼の個展準備の様子はフィードやストーリーズを通して伝わってきている。
亜里沙はまだ個展に行くかどうかを決め兼ねていた。
そして、個展が始まる一週間前。いつものように届いたDMには、一言だけ。
「今日のフィードは絶対に見てほしい。」
亜里沙は、スマートフォンを取り出し、彼のインスタグラムのフィードを開いた。
そこに投稿されていたのは、一枚の写真。それは、ロンドンのパーティーで、誠太郎に渡したハンカチだった。その上に、大きなアズライトマラカイトの原石が載せられている。
写真の下には、誠太郎直筆のメッセージカードが添えられていた。
「今回の個展では、ある特別な展示も行っています。この石は、僕にとって、とても大切な出会いを象徴するものです。この石が繋いでくれたご縁に、心から感謝しています。」
そして、ハッシュタグ。
「#アズライトマラカイト #特別な出会い #感謝」
その後に続く、小さな文字。
「#来た人だけのお楽しみ展示あり」
ハッシュタグの言葉が、亜里沙の好奇心を刺激した。一体、どんなお楽しみ展示なのだろう?
(…私、彼の鉱石の世界を見てみたい。)
その夜、亜里沙は自室で、誠太郎から贈られたアズライトマラカイトを何度も手に取って眺めた。
誠太郎がこの石に込めた想い、そして、自分と彼を繋ぐ縁。
それらを考えると、今まで感じたことのない、微かな勇気が湧いてきた。それは、変化への恐れをほんの少しだけ乗り越える、小さな一歩だった。
(彼に会いに行くわけじゃない。鉱石を見るだけ…)
亜里沙は、そう自分に言い聞かせた。
それは、自分を納得させるための言い訳であり、同時に、心の奥底で膨らみ始めた気持ちを認めるための、精一杯の勇気でもあった。
彼女は、自分のスケジュール帳を開いた。
個展期間中の予定を確認し、個展に行ける時間があるかを確認する。
最終日の夕方は時間が空いている。
小さな丸印を書き込む。17時:日本橋
それは、彼女にとって、大きな決断だった。




