恋愛初心者の愛情表現は既読無視!?
「良かったです」と送った後、私は彼に返信をしなかった。
それは、私なりの、精一杯の区切りだった。
これ以上、彼を期待させてはいけない。私はそう思っていた。
しかし、その後も誠太郎からのDMが途切れることはなかった。
一切返事をしないにも関わらず、毎日欠かさず朝と夕方に2回のDMが届く。
ロンドンと日本の時差は7時間。東京の朝はロンドンの夜、東京の夕方はロンドンの朝で、東京の方が1日が早く終わる。
朝には誠太郎の一日の内容が届く
誠太郎「おはようございます、亜里沙さん。ロンドンは今日も曇り空でした。亜里沙さんのいる場所はどうですか?今日も穏やかな一日になりますように。僕は今日は工房でアクセサリーを制作しました。」
誠太郎「今日は次のビジネスの打ち合わせをしました。もしかしたら、亜里沙さんも喜んでくれるかも。お知らせできるようになったら、連絡しますね。亜里沙さんの今日がいい日になりますように。」
夕方は、その日の誠太郎の予定や、亜里沙への配慮の言葉が綴られている。
誠太郎「今日は新しい作品の設計図を作ります。もし亜里沙さんと話せたら、デザインのヒントがもらえるかもしれないのに、なんて思いました。」
誠太郎「今日のロンドンは珍しく晴れ!公園のジョギング、気持ち良かったです。亜里沙さんと一緒に公園にいけたりしたら、どんなに素晴らしいだろうと思いました。」
誠太郎「体調はいかがですか?無理しないでくださいね」
そんなメッセージを、毎日受信し続けた。返事をしない私に、彼は何を思っているのだろう。
普通なら、嫌になって連絡が途絶えてしまうはずだ。
彼の言葉は、皇女 亜里沙ではなく、私自身に向けられた言葉で、いつも、優しく、誠実で、穏やかだ。
私も彼のDMを読むと優しい気持ちになる。
けれど、私は普通の恋愛ができる相手ではない。彼にこの先を想像させてはいけない。
亜里沙は、その狭間で、身動きが取れなくなっていた。だから、何もできない。
ただ、メッセージを既読にするだけ。
それが、今の彼女にできる、唯一のことだった。
それでも、誠太郎のメッセージは変わらず届き続けた。
メッセージが毎日届くようになって2週間後の夕方、オークションからは、3週間が経とうとしていた。
いつものように誠太郎のメッセージを確認すると、最後にいつもと違う一文が付け加えられていた。
誠太郎「来月に東京で個展を開催する予定があります。久しぶりの東京、とても楽しみにしています。もし、亜里沙さんが東京にいらっしゃるなら、個展に遊びに来ていただけたら嬉しいです。」
亜里沙は、メッセージを読み終えた後、静かに息を呑んだ。
東京…個展…。
(…彼が、東京にくる…?)
亜里沙は、アズライトマラカイトをドレッサーから取り出した。
深い青と鮮やかな緑。アズライトマラカイトは、言葉では言い表せないほど美しい。見ているだけで、心が満たされていくような、不思議な力がある。
でも、それだけじゃない。この石は、常に、今も変化している。
常に変わらないことを求められ、変化を恐れてきた自分にとって、「変化」という言葉は、どこか遠い世界のものだった。しかし、この石は、確かに変化している。この小さな石の中で、何かが起こっている。
亜里沙は、アズライトを見つめながら、静かに自問自答した。
(…皇族なら、どうすべき…?いつも、そう考えてきた。でも、この石は、私に問いかけている。私は、どうしたい…?どう変化したい…?)
私は、彼が作り出す鉱石の世界を、直接見てみたい。そう思った。
それは、小さな、しかし確かな変化の兆しだった。
まるで、固く閉ざされた扉が、ほんの少しだけ、開き始めたように。




