なくなったノート
『有名人』?じゃあ別人かと写真をながめた男は、・・でもこの頭のでかさと陰気な顔は、やっぱりあいつだなあ・・と太い腕をくんだ。
「じゃあきみは、すぐそこの演劇学校の生徒だったとか?」
マイクの質問に男は、おれが演劇なんてとんでもない、と笑った。
「おれは建築学校卒業してずっと大工だよ。ただ、学生時代はずっとこの店で働いてたんだ。んで、二年前に建築現場で事故にまきこまれちまってさ。大工を続けられなくて困ってたら、ちょうどここで次の店長をさがしてるってんで、そのまま正式に雇ってもらえたんだ」
自分の紹介を終えた男が、ローランドの写真を顎でしめし、「そいつ、むかしおれがここで働いてたときに、コーヒー一杯でずっと居座ってる客で、有名だったんだぜ」と顔をしかめた。
「なにしろ文句が多くて嫌な奴だったよ。コーヒーがぬるいとか、熱すぎるとか、床が汚いとか、トイレが汚くて入れないからすぐに掃除しろとか。そんなことばっかすぐ言ってきてさ。女の子なんか注文取りにいくのも嫌がってたしなあ」
ジャスティンがわらってうなずく。
「想像つくよ。そういう性格だ」
「でも、有名人なんだろ?」
意外だ、という男にマイクがすかさず質問する。
「彼が、誰かとこの店に来たことはないかな?」
店員ではなく店長だとわかった男は太い腕をくみ、首をふった。
「じゃあ、ここで誰かと仲良くなったとか」
「いや、ずっと一人だったな。そうだ。いつだって一人でぶつぶつしゃべって、文句を・・・・」
そこで息を吸うようにして、ノート、とつぶやいた。
「・・ノートだ。そうだ、ノートの文句を、すごい勢いでつけてきて」
ノートという単語に警察官二人は視線を交わし、先をうながす。
ゆするように頭をふった男は、えっとたしか、と記憶をさぐるように銀盆で頭をたたきだす。
「そうだ!そう、そう。あの《事件》だ。いつもはぼそぼそ話すのに、あのときだけ、『この店でノートがなくなった』って怒鳴り込んできて、ずっとわめいて騒ぎ続けるから、そんなもんしるかって怒鳴り返してやったんだ。気の弱いやつだったから、それですぐに黙ったけど。そしたら、何日かあとには機嫌よくノートが見つかったとか言って、おれに謝って帰ったんだ」
どこで見つかったって?というマイクの問いに、「なんだか、だれかが・・」といいかけて思い出したように言いなおす。
「そうだ、 『すごい人が拾ってくれたんだ』 なんて何度も言って、そいつの名前を言いたそうにしてたけど、忙しいから追い払ったよ」
男はひどく顔をしかめた。