№37 ― 区切り
№37
車のラジオから流れる音楽を口ずさんだマイクを、ジャスティンは眺め、呆れたような疲れた声をだした。
「 ―― 歌うんだな」
歌っていた男は口をとじ、隣に座る男をにらむ。
「音痴じゃないはずだ。おれが歌うのに、何か問題でもあるのか?」
「いや。・・・ただ、死体を見たあとに歌えるってのは、すごいかも」
マイクはそうだな、と同意を口にしてから、クセなんだ、とラジオを消した。
「―― 警察官になって、はじめて死体をみたときに、その場でぶっ倒れるほど繊細な神経を持ったおれに、先輩だった男がこういった。『信じられないかもしれないが、二年後おまえは、これを見た後に平気で飯が食えるようになっている。だがな、慣れるなよ。区切りをつけるだけでいい』」
「くぎり?」 眉をよせたジャスティンに、マイクは少し照れたような顔をした。
「自分だけで、その死に対しての区切りをつけるんだ。おれみたいに殺人捜査課にいると、けっこうな数の遺体に会う。そういうのに、慣れでこなしていくんじゃなくて、区切って対応していけって教えてもらったんだ。―― だから、おれは歌うことにした。事件で亡くなった遺体を目にやきつけて、帰り際、頭をからっぽにして、ラジオから流れる歌に合わせて声をだしてると、そこで区切りができる。 うまくいくと、そこから頭が働いて、事件が解決することもある」
へえ、と本当に感心したようなジャスティンが、ラジオをつける。
「なら、どんどん歌ってくれ。で、なにかいい案が浮かんだら、教えてくれ」
半分は冗談ではなく頼んだ。
ギャラガーから直に指揮されることになった二人は、とりあえずローランドの遺体がある州警察の解剖処置室までゆき、検査医に、ほんとうに自然死なのか確認をとりにゆき、さんざん馬鹿にされたあげく、遺体にはどこにも不審なあとはなく、これを意図的に起こすなんてことは人間には無理、という答えをもらい、帰ってきたところだった。
ほとんどやけ気味に歌っていたマイクの携帯電話が鳴り、ギャラガーからだと通知をみながら咳払いしてでる。
「はい、ベネットです。・・・いや、まったく、なにもナシですよ。これからローランドが通っていた演劇学校に行ってみます。もう十年以上たつので、知り合いはいないと思いますが、どうにかさがしてみます。・・・・・そうですね、・・・否定はしませんね」
通話を切ったマイクはジャスティンに説明した。
「長官が、・・・ローランドが死んだのは『呪い』のせいかって」
「ああ、それで、『否定しない』ってか」
たとえ、検査医である女が二人をみくだしたような顔で、ローランドの死がどれだけ自然なものであるかを説明したところで、あの停電の説明にはなりえなかった。