そんな、
にらまれた男は、とぼけたように首をかしげる。
「そうかな?ぼうや、しっかりと考えるんだ。―― 彼女たちが監禁されていたのだとすれば、少しでも逃げようと考えて、かすり傷ぐらいあるはずなのに、爪は美しくのばされたままで、ネイルコートまでしてあるよ」
「じゃあ、あれだ。殺害するときとの扱いの差をつけるためだよ。恐怖におとされる被害者の様子をみながら興奮したい変態のやりかただろ」
授業で聞いたことをさらに口にするザックに、ジョニーは嬉しそうな笑みをこぼした。
「まあ、そうかもしれない。―― ただ、ぼくたちの部署の意見は違う。彼女たちの身に着けていたドレスや下着は、すべて上等なシルクでサイズぴったりの一点ものだった。香水も一流ブランドだ。エミリーはその香水を自分で買って用意していたのがわかってる。つまり、普段の生活で着るよりも上質のものを身に着け、おしゃれをした状態で、最後のときを迎えた。胃の内容物は何もなかったから、数日前から断食していた可能性がある」
「断食?食事を与えられなかったからだろ?」
「ザック、座れ」
腰を浮かせば、二コルの太い腕が肩を下へ押し戻す。
「だってさあ、このおっさんの話しじゃまるで、犯人に捕まってたんじゃなくて」
「そうだよ。あの女性たちは、犯人に捕まっていたわけではなくて、自分の意思でそこにとどまっていたんだ」
「そんなわけ、」
「いいかい?彼女たちはある日突然いなくなったと周りの人間は思っているが、違う。ある程度犯人と交流をもったうえで、自らの意思で、その日、犯人の元へ自分の意志で行っただけさ。きみたちの掘り当て作業でそれらのことが徐々にはっきりしだしているだろう?」
「い、行ったとしても、そこで殺人犯に脅されて帰れなくなったんだ!だって、」
「いや、ちがう。彼女たちはそこにゆき、待っていたんだ。サラの場合は一番はっきりしているね。彼女は ―― まだどうやったかはわかってないけど ―― 干からびた頭部で月をみることに憧れていたんだ。《儀式》に参加しているうちに、生贄である彼女たちに憧れて、《そっち》になることを望んだ。《神と一体に》なれるものにだよ。 ―― 被害者たちはみんな、なにかがきっかけになって、ノース卿の信徒になっていったんじゃないかな」
「『なにか』ってなんだよ?そんなわけねえって!だって、そんな、」
「《一体になる》・・・だから、『ついに今日なのよ』ってことか・・・」
「ニコルまで?そんなの信じるのかよ!」
肩の腕を払って立ち上がった新人は、まわりの落ち着き払った男たちをみまわし、さけんだ。
「彼女たちが、自分たちで?すすんでそんな儀式の『生贄』になっただなんて、あんたら本気でそんなこと考えてるのか?だって、あんなふうにっ」
ダン!とテーブルを叩いたザックは、まわりのみんなが静かに自分を見ているのを確認すると、深く息を吸い、トイレに行く、と部屋を出て行った。
見送ったあとにジョニーが手を打ち、うらやましげにつぶやいた。
「―― いい新人じゃないか」
警備官たちはにやけて顔を見合わせた。