家族愛
「―― よーし、じゃあ撤収」
ジャンの号令が石造りの建物に響き、現在の状況にひきもどされる。
「旗を三つとったおれたちの勝ち。めでたくザックは勲章をもらったんで、このあとザックのおごりで飲みにいく」
「ええ!?」
冗談だよ、と笑ったジャンはアメリの店にしよう、とケンを振り返りゆびさす。
「 ―― おまえ、今日は静かにしろよ」
「もちろん」
とてもわかったようには見えない顔で、ケンはうなずく。
そのにやけた顔をしばらくながめたジャンが、めずらしくいらついた声をだした。
「・・・いいか、今度あの店でおまえが騒ぎをおこしたら、レイが、一週間あそこでタダ働きするってのを、アメリに約束してある」
「はあっ!?なんでだよ?騒いでるのはおれで、レイじゃねえ」
「そんなのみんな、わかってる。だけど、おまえの《おふざけ》は、あの店でけっこうな被害をだしてる。 アメリは気のいいやつだから、割れたグラスや椅子の請求をおまえにまわしたりしないだろ?だから、レイが気にしてる」
「そんなのっ、おれに請求すりゃ」
手で遮ったジャンが冷たく言い放った。
「おまえが、なにもしなければ済むはなしだ。 ―― この話は、おまえにするなって口止めされてるけど、おれはおまえがレイに甘えすぎてるのが気にいらねえから、こうして話してる。 わかるよな?」
「・・・おとなしくしてれば、いいんだろ」
そういうことだ、とケンの頭をたたいてジャンはインクの弾がつまった小銃をかつぎ直し、とりあえず会社へもどるぞ、と指示し、みんなも後につく。
ザックはおこられた子どものように静かになってしまったケンの顔をのぞきこむ。
「・・・なんだよ」
「いや。あのさ、前から気になってんだけど、ケンって、・・・レイの恋人、じゃあないんだろ?なんで、そんなに気にすんの?」
「あ?そんなの、嫌われたくねえからに決まってんだろ」
「恋人でもないのに?友達として?」
「うるせえな。 とにかくおれ、レイにだけは、嫌われたくねえんだ。あいつの困った顔みると、困らせたやつを殴りたくなるけど、そうするとレイはもっと困った顔する。だから《我慢》するってことを覚えた。人に《親切》にするってことも。―― おれに、《家族》だって言ってくれたの、あいつがはじめてだ。家族は、おたがい助け合うっていうのも、教えてもらった。迷惑かけてもいいけど、それは『愛』のうえに成り立ってるっていうのも」
「かぞく・・あい・・・」
まさか、この男から『愛』などという言葉がでるとも思わなかったザックは、その顔をじっと見返してしまう。